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昼休み。共通棟の一階にある食堂は人だかりができていた。腹を空かした男子生徒がウォーっと群がっているというわけではない。女子も少なくないため、なんとなく遠慮がちであり、荒っぽい運動部系3年生でさえ、おとなしく列に並んだり、隅の方のテーブルで固まってウゴウゴしている。中心はむしろ女子だった。中央のテーブルを堂々と占領し、お喋りに興じつつ大人数で昼食をとっている。あちこちに観葉植物がおこれた食堂には明るい光が燦々と差し込んでいる。大企業や大学の洒落たカフェテリアのような内装は、女子の方に似つかわしい。周囲にいる男子女子が混じっているテーブルは仲のいい同じ委員会、部活だ。
その中で最大の華はレオラのいるグループだった。レオラは、はじめて日本で食べるカツ丼をぺろりと平らげてクラスメイトたちと談笑していた。その姿を見て僕はホッとした。『ぼっち』で昼食をとる羽目になっていないかと心配していたが、杞憂だった。レオラの明るく何にでも興味を示す性格や、日本語の上手さからすれば、心配することなどなかったようだ。
「あ、ユーキだ。おおい」
レオラは大きく手を振った。衆目が集まる。うわー、悪目立ちし過ぎだろう。
「えーと、泊まっている家のユーキだ。温泉をしている」
「ええ、知っているわ。私たちの間でも有名だもの赤楠君は」
一人の生徒が頷くと皆が目を合わせてクスクスと笑う。
「そうなの」
「ええ、お殿様の家だもん」
望むと望まざるとに関わらず僕に苗字を与えてくれた赤楠家は、元藩主の家なのだった。
「ふーん、サムライだって言っていたけどそうなんだな」
レオラの家も貴族だという話は知っている。ただ、今は企業経営者だという。なんとなく家と似た家庭環境だった。そんなところも留学先に選ばれた理由だろう。
「ちょっと失礼してよろしいかしら」
静かな声がかけられた。女子生徒たちは途端にくすくす笑いをやめた。
「みなさん、そんなにかしこまらずとも結構です。どうぞお話を続けて」
「黒樫さん……い、いえ」
黒樫瑞鶴は、腰まである長い黒髪と白皙の整った顔立ちをしている。絵に描いたような純粋な日本的美人だった。やや細い切れ長の瞳と薄い唇がそれを強調している。落ち着き払った態度は余計に大人びた印象を与えた。口調も特に冷たいわけでも威圧的なわけでもなかった。だが、どうしても無視できないような独特の空気を身にまとっている。正直、同世代の異性ならば明らかに気後れする、そんな感じの女の子だった。
「佑亀、あなたのお家に留学生の方が滞在なさっているそうね。どうして紹介して下さらなかったのかしら」
「あ、ごめん、つい」
そう、レオラが、いかに流暢に日本語を話し読み書きができるとはいえ、遠い異国から日本の高校に留学するのだ。よく考えてみれば、瑞鶴に面倒を見てもらうように頼めばよかったのだ。昨晩、電話一本入れておけば済む話だ。あまりに楽しそうで屈託のないレオラの表情を見ていると、なんとなく大丈夫のような気がしてしまって気を利かせることさえ忘れていた。
「別にあやまることでもないでしょう」
最近、多少疎遠になっているが、何しろ長い付き合いなので瑞鶴が少しだけ怒っていることがわかった。
「スオミからきたレオラ・ホペアさん」
「初めまして、1年2組のレオラ・ホペアです。日本にきたばかりです。よろしく教えてください」
レオラの空色の瞳に浮かんだのは、うわぁ、という感嘆の色だった。
「隣の1年3組、黒樫瑞鶴と申します。以後、よろしくお見知り置きの程を。ミツルとおよび下さい。レオラさん」
ふわっと笑う瑞鶴。普段は表情に乏しいので、たとえ余所行き、社交の笑顔でもとても魅力的に見える。外面はとにかくいい。別に裏表があるわけではないけど。
「佑亀、私もレオラさんに紹介していただけないかしら」
もう自己紹介は終わったはずではないか。だが、そういうことではないのだ。
「ミツルはユーキの友達なのか。それとも……」
「え、えと、家族ぐるみの付き合いで、その」
一端言葉を切る。あー、あんまりいいたくない。正直、気恥ずかしい。
「僕の許婚なんだ」
「イイナヅケ?」
首をかしげる。
「婚約者。将来、結婚するんだよ。マリッジ」
周囲の女子たちが笑いながらレオラに教えた。
「ユーキ、君は……」
レオラは絶句した。
「なんという幸せ者だろうか! こんな美しい方と結婚するとは」
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