温泉旅館深山荘

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 帰宅してすぐに、僕は温泉の掃除にとりかかる。いつもの仕事だ。温泉旅館の深山荘では風呂掃除が欠かせない。幼い頃から仲居さんや風呂周り担当の人たちに混じって、風呂掃除の手伝いをさせられていた。母さんはいつも「さあ、三助さん、仕事だよ!」と催促した。三助とは、お客の背中を流したり、風呂周りの仕事をする下男のことで、昔は多くの温泉宿にいたが、今はいないという。温泉文化の中では絶滅したものもあるのだ。ちなみに赤楠家は女将である元気で働き者の我が母上、鳩子が取り仕切っているようなものだった。    風呂掃除を終えると夕食を誘うため、離れのレオラを訪ねる。あまり使わない離れの一室にレオラが間借りしていた。ジャパニーズスタイルの個室をレオラは大変気に入っていた。離れは深山荘の中では高級な客室として使われているが、羽振りがよかった時代に建て増しし過ぎて、少しあまっており、今は馴染みの長期滞在客用の部屋や物置となっていた。温泉旅館なので朝食以外、食事は割合、家族バラバラだったが、今日はお客が来るので揃って夕食をとる。レオラはお客様扱いはされたくない、ということで、個室に食事が運ばれることはなく、主に僕や仲居たちと食事をしていた。レオラ自身も家族や従業員と賑やかに食事をとるのが好きなようだった。食事の支度の手伝いや食後の後片付けなどもしてくれている。  扉をノックをする。 「はーい、どうぞ」  レオラは熱心にアニメを見ていた。  ロボットアニメだった。砂塵の中、2機のロボットが対峙している。いかにも次回に続く、といった感じだった。エンディングテーマが流れる。なんとなく暗い色調の渋いアニメだった。 「終わった。やっと話が見えてきた。このアニメは見たことが無い」 「アニメ好きなんだ」  外国でも日本のアニメが好きな人がいる、という話は聞いたことがあった。 「うん。でもあんまり見ている人いなくて。アニメ好きと言ったんだけど」  いきなり、アニメが好きです、と自己紹介するのは結構なチャレンジャーだが、留学生なら面白がられるかもしれない。なんだかんだでオタク系は肩身が狭い。山桜花の女子はどうかしらないが、男子では、あまりパッとしない奴と見られることが多いのは当然だった。 「ロボットアニメが好きなんだ」 「え、そうなの?」   北欧の大人びた少女に見えるレオラが、男の子が見るアニメが好きというのはミスマッチだった。 「最近のもいいけど、やっぱりガンダムかな。Z、逆シャア、UCが好き。日本人はガンダム好きで本物が東京にあるんだよね。一度見に行きたいなあ」  もう何を言っているかサッパリわからないが、早口になるレオラのガンダム熱の高さだけ分かった。 「アニメ部の女の子たちは、00とSEEDくらいしか見てないんだ」  早速部活訪問で見に行ったらしい。 「ガンダムはよく知らないけど再放送ならちょっと見てたな。プラモも持っていた。背中になんか飛ぶ武器背負ったの持っていた。敵の奴、白いの」  トラに付き合わされて小学校の頃、一緒に作った覚えがあったが、ちょっと遊ぶと壊れてしまった。確かまだ物置にあったはずだ。 「レジェンドだね」  ガンプラ好きのトラを紹介してやったら話があって喜ぶかな、と思った。次回予告が終わり、提供のテロップが流れた。 『シャープペンシルから宇宙ロケットまで。信頼の技術で日本を支える鉄星グループがお送りしました』 「テツホシって何だっけ。あ、あの生徒会の」 「そう鉄星先輩のところだよ」  鉄星グループは航空宇宙、先端医療機器、重機なども手がけている鉄星重工を中核に鉄星銀行、鉄星建築、鉄星商事、鉄星石油などを数々の企業がある日本有数の企業グループである……ちょっと棒読みで。  鉄星重工は、明治から兵器の開発生産で大もうけし、戦前、戦中も兵器産業の雄として君臨した。そりゃあすごい大財閥だった。軍政に口を出したとして睨まれ廃案となった兵器生産計画は敵のアメリカ軍に高く評価されたとトラも言っていた。戦後の財閥解体で大ダメージを受けたけれど、アメリカ軍向け軍需品の下請けで盛り返し、復興期に政府との繋がりを強め重工業、先端技術の雄として返り咲いた。闇の政商と新聞に叩かれることもあった。  しかし、僕たちにはどうでもいい。鉄星こそ天馬市の経済そのものを動かしている。天馬市自体が鉄星重工の企業城下町なので、我が深山荘にお客が来るのも鉄星のおかげだ。元藩主の我が家でも到底頭の上がらない実力をもっている家なのだった。 「へぇ、凄いな。ところでもう夕食かな?」 「うん、今日はお客様がくるけど、レオラも一緒でいい? 嫌なら仲居さんたちと食べてもいいけど」 「一緒に食べるよ」
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