温泉旅館深山荘

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 宿泊客のいない最上等の部屋に父、広亀の友人、青梅鱸が通されていた。  母も一緒で給仕をしている。茸や山菜の天麩羅、焼いた鱒、天馬の郷土料理であるホウトウ鍋が湯気を立てている。その前で早速、父、赤楠広亀と親友である青梅鱸が酒を酌み交わしている。酒が飲めるようになるまであと数年だけど、こういうのは絵になっていいな、と思う。 「青梅さん、お久しぶりです」 「おお、佑亀君か。大きくなったな」  TVに出ていた絶頂期の頃に比べていささか老けていた。気鋭の経営者としてTVに引っ張りだこだった頃は、母さえも「青梅さんも変わったわね。あんな偉そうな人だったかしら」と呟くほど鼻息が荒かったが、今は見るかげもない。父の友人、親友といっていい青梅鱸、鱸小父さんはIT企業を起こし、一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。だが政治家への不正献金や詐欺まがいの商法で評判を落とし、企業は倒産し数年間行く方知れずだった。天馬市の人々はそんな鱸小父さんをよくは思っていないという。ま、僕には関係のない話で、父の友だちの鱸小父さんだった。 「本当は、娘もくるはずだったんだが、娘はサークル発表会の打ち上げとかでね。少し遅れてくるんだ」 「あ、鯛ちゃんも」  少し太めの幼馴染を思い出す。いつも僕のうしろをついていた。おとなしい子だった。サークル、とか言っているので友達がたくさん出来たのかもしれない。ならばよかった。 「佑亀君に会えたら嬉しがると思うよ。こっちに戻るか東京に行くか、どっちにするかでだいぶ迷っていたからね。ところで、こちらの美人さんはどなたかな?」 「スオミからきました。留学生のレオラ・ホペアと申します。赤楠家に下宿していてお世話になっています。オウメさん。よろしくお願いします」  レオラは礼儀正しく一礼した。 「日本語が上手だし、しっかりしてらっしゃる。海外の子は大人だね。同じ山桜香に通うから娘をよろしく。青梅鯛子といいます。仲良くしてやってください」  深々と頭を下げる鱸。 「さ、二人共、食べてくれ」  父さんに促され、いただきます、と鍋に箸をつける僕とレオラ。母さんも一緒だが男同士の話に基本的に口は挟まない。 「やはり天馬の飯が一番旨い。深山荘の料理は相変わらず最高だ」  箸も進む。 「いまさら、かえってきてすまん」 「何を言うか。役に立てて嬉しい。合戦祭ではまた暴れよう」 「鷲一もいてくれれば」  鱸小父さんが溜息をついた。鷲一は瑞鶴の本当の父の名前だった。瑞鶴の本当の両親は瑞鶴が物心つく前に、交通事故でこの世を去っていた。そんなせいか、幼い頃の瑞鶴はなんとなく寂しそうに見えた。 「今年は、あいつの娘が黒樫方の総大将だ。手強いぞ」 「佑亀君の許婚だろう。鷲一、見ていてくれるといいな」  僕は少し、しんみりとした気持ちになった。父と鱸小父さん、鷲一小父さんが仲のよい3人組だったということは、よく聞かされていた。興が乗るとよく自慢げに友達との思い出話をした。合戦祭も父さんにとってはよい思い出となったようだけれど……
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