私立山桜香学院高等学校

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私立山桜香学院高等学校

 いまだに光と空気は夏そのものだった。朝だというのに刺すような強い真夏の光が燦々と降り注いでいる。とても二学期初日とは思えない。  僕は見慣れた石畳の坂を眺めた。緑がかった石畳は光を反射して白く見える。両脇には江戸時代から続く古い町家が軒を連ねている。落ち着いたこの風景はとても好きだった。  この紺のズボンとネクタイ、白いシャツ制服も久しぶりだ。 「暑くない? レオラ?」 「いや、平気だよ」  セミロングの金髪が風にゆれ、空色の瞳が悪戯っぽく輝く。確かに白い額には汗ひとつ無い。 「北欧からきたんだから日本の夏は暑いんじゃない?」 「私の国でも暑い日はあるよ。でも天馬市は避暑地だから日本の中では涼しいと聞いた。湿度は高いね。いつも水の近くにいる感じ」  北欧のスオミ共和国からきたレオラは温泉旅館を営む僕の家に住むことになった。レオラは二学期から学校に通うことになるが、海外の学校は秋期が年度初めなので、向こうの常識的には、ちょうどよい区切りだった。 「待って」  レオラは立ち止まった。目をつぶって大きく深呼吸する。 「私はホントに日本の高校で学ぶことになるんだな」  しみじみ、といった感じだった。海老茶色の長いスカートと白い半袖ブラウス、同色のネクタイという制服を着たレオラは、日本人とは質の異なる白い肌、風に揺れる黄金色の小麦のような色の金髪を別にすれば、確かに日本の女子高生そのものの出で立ちだった。 「うん、そうだね」 「ユーキの学校は男女別だとは珍しい」  佑亀。赤楠佑亀。僕の名前は漢字で書くと少々おめでたそうな名前ではあるが、北欧のレオラの発音だと、ちょっとくすぐったいほど洒落た名前のような気がして悪い気はしない。 「男子校、女子高の区別はスオミには無いんだ」 「うん、無い。だから面白い」  僕たちの学校の発祥は明治時代に遡る。代々神主をつとめ明治維新で活躍し公爵になった白桐家が創設した。英国に留学した当主がパブリックスクールに心酔し、「真の紳士を育成する」と開校したのが始まりだ。面白いのは名家出身の当主夫人が西洋かぶれと苦々しく思い、「真の大和撫子を育てる」と別に女学校を作ってしまったことだ。夫婦喧嘩の結果二つの学校が誕生したわけだ。双子の学校として、それぞれ、私立山桜香学院高等学校、私立女子山桜香学院高等学校の二校として今まで続く。    石畳を下りきると白、海老茶、紺の制服の高校生でいっぱいだった。男女別とはいえ、それなりに仲がよく、男女入り混じったグループが三々五々と登校してくる。校門では服装をチェックするために腕章を巻いた男女の風紀委員が並んでいた。教師の姿は無い。勉強や武道は徹底的に教え込むが、自主自律独立独歩の精神を反映し、余程のことがなければ生活に関しては生徒の自治に任されている。管理教育とは正反対だ。ちなみに文化祭、体育祭などイベントも男女合同。委員会、生徒会、一部部活も合同となっていた。 「ここからは一人で行くね」 「あ、ごめん、知っている子にレオラのことを頼めばよかった」  そういえば、うってつけの人物がいることをうっかり忘れていた。 「いいや、お構いなく」  レオラは笑った。 「そんなに面倒を焼いてもらわないでも大丈夫だ」  世話を焼いてもらわないでも、と言いたかったのだろう。英語でさえ四苦八苦している僕とは比べ物にならない。日本語をここまで覚えるのは大変なはずだ。スオミ共和国では英語の他、もう二カ国語は話せないといけないらしい。中学の段階ですでに英語、フランス語を覚えさらに日本語までマスターしていた。大したものだ。ただ、レオラの日本語は、あまりに達者だから逆に言葉の細かい間違いで苦労しないか少し心配だった。 「そうだ、食堂で食べるから昼にはゆくよ」 「ああ、わかった」  私立山桜香学院は男子女子に分かれているが、境界に新築の巨大な共通棟が完成し、食堂や図書館などは共用としていた。経費節減というよりもむしろ、少しくらい男子女子の交流があってもいいだろう、という余計なお世話のような大人の気の利かせ方だった。 「カメよ、今の誰だ」 「おお、トラ、おはよう」  固太りの男子生徒が僕に声をかける。小柄だが恰幅のいい体型に眼鏡、気合の入った角刈りがなんとなくミスマッチだ。山吹寅夫。僕の幼馴染の一人だった。 「あの美人は誰だ」 「留学生だよ。北欧からの」 「その留学生がなぜカメと一緒に登校しとるのかのう。目立って仕方が無かったぞよ」  僕の頬をつつく。確かに登校中にあちこちから視線を感じた。僕としては制服を着ているのだから何もいぶかしむことはあるまい、と考えていたのだが。 「ああ、家に下宿。向こうも日本の旅館に滞在できるって喜んでたよ。珍しいって。ちなみに、名前はレオラ・ホペアっていうんだ」 「ふぐあ、レオラとおっしゃるのか、あの美しい方は」  トラは鼻をふくらませた。 「確かに綺麗だよね。日本語上手だから話してみなよ」  トラはわざとらしく溜息をつく。 「もし、もし、カメよお、カメさんよお、どうしてお前はそんなにもー、おなごに鈍い奴なのかー」  いきなり歌いだす寅夫。 「殿、奥方様に悋気を起こされたらエライことになりまするぞ」  途端に真面目腐った顔となった。 「その話はやめてよ」  僕はいささかウンザリした。
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