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お迎え
わたしが学校を終え、裏口へ向かうと、そこにはおじいちゃんがいる。
「おかえり」
おじいちゃんが笑顔で言う。家で着ている地味な服のまま、学校までわたしを迎えに来る。わたしがこの学校に通いだしてから、迎えを一日も欠かしたことはない。
「今日の学校はどうだった」
「まあまあ」
「そうか」
「うん」
帰り道の会話はすくない。毎日のようにおじいちゃんとの時間をすごす。当然、話題も尽きる。わたしはおじいちゃんの半歩うしろを歩く。おじいちゃんがどんな顔をしているのかは見えない。だが、きっとにこにこ笑っているのだろう。すぐそばを歩くおじいちゃんから、そんな雰囲気を感じる。
あたりにほかの生徒のすがたは見当たらない。わたしだけ通学路が別だからだ。みんなは校門から出て思い思いの友達と下校する。校舎の裏から帰るのはわたしだけ。ひとりでは危ないからという理由でおじいちゃんが迎えに来ている。
「明日はなにかあるのかい」
「とくになにも」
「そうか」
「そう」
学校に通いはじめたころはおじいちゃんのすがたを見ると安心した。不慣れな場所から自宅へ導いてくれる神さまのような存在だった。しかし、時間がたつにつれ、わたしは学校に慣れて友だちもできるようになった。おじいちゃんがいなくても不安になることはない。さらに年月が経つと、迎えに来てくれるおじいちゃんを恥ずかしいと思いだした。友だちに見られたときなど、さんざんばかにされたものだ。わたしはそそくさと家に帰って、母親に抗議した。
「もう、おじいちゃんを迎えに来させないで」
「あら、どうしてよ。ひとりで帰ってくるのは危ないでしょう」
「平気よ。わたしは新入生じゃないの。それに学校から家までは時間もかからないわ。なにも起こらないわよ」
「でもね。なにがあるかわからないじゃない。あなたもニュースを聞いたでしょう」
「それはそうだけど」
ちょうど下校途中の小学生が誘拐される事件があったばかりだった。誘拐がどんなものか、はっきりとはわからなかったが、周りの大人や先生の言いかたからすると、とても怖いものだというのはわたしにも理解ができた。
「それにおじいちゃんはあなたを迎えに行くのを楽しみにしているのよ。おじいちゃんに悪いじゃない」
「なんでそんなこと言うのよ」
学校の裏口でひとり待っているおじいちゃんの顔が浮かぶ。人形のように立っているおじいちゃんはわたしを見つけると、途端に笑顔になる。それから家に帰るまでおじいちゃんは片ときも笑顔を絶やさない。いつも笑顔でいるものだから、ばかにしていた友だちもそのうち触れなくなったほどだ。
わたしだっておじいちゃんが憎いわけではない。そこをつかれると強くは断れなかった。
「おじいちゃんはね、毎日あなたを迎えに行けるよう努力しているのよ」
「なによ、それ」
「いままで一日も休んだことがなかったでしょう」
母親が言う。たしかにそのとおりだった。わたしが風邪を引いて学校を休むことはあっても、おじいちゃんが迎えに来なかったことは一度もない。
「いつも元気にあなたを迎えに行けるように健康に気をつけているのよ。日ごろから歩いたり、食べるものに気をつけたり、早寝早起きをしたりするようにして」
ここまで言われてはなにも返す言葉はなかった。その場はすごすごと引きさがることにした。
だが、わたしのなかでおじいちゃんが毎日迎えに来ているという違和感は、消えることがなかった。他人とちがう自分にどうしても納得できなかった。学校ではみんな同じように授業を受け、同じ時間に食事をとる。わたしのなかで違和感はどんどん増していって、ついにコップから水がこぼれるみたいにあふれた。それは、ちょうどおじいちゃんといっしょに帰っているときだった。
「ねえ、おじいちゃん」
「なんだい」
半歩前を歩くおじいちゃんに声をかける。おじいちゃんは前を見たまま返事をした。
「もう、迎えに来なくていいよ。わたし、ひとりで帰れるし」
「そうか」
あっさりしたやり取りだった。なにか言われるかと思ったが、おじいちゃんは黙って前を歩くだけだ。わたしはうしろからおじいちゃんの様子をうかがった。いつもと変わったところはない。歩く速さは同じだし、特別話すこともなかった。おじいちゃんがどんな顔をしているのか、わたしは見ようとしなかった。ふたりぶんの足音が自宅へ向かう。そのまま、おじいちゃんと会話することもなく、わたしとおじいちゃんは家についた。
翌日、学校が終わっていつもの場所に行くと、おじいちゃんはいなかった。大切ななにかを失ったような気がした。ひとりぶんの足音をひびかせて学校から出ていく。
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