お迎え

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 その翌日も、そのまた翌日もおじいちゃんは来なかった。いつもより静かな学校はまるで別の世界のようだ。わたしはいるはずのないおじいちゃんを探しまわった。けれど、いるのは見知らぬ大人ばかりだった。もう二度とおじいちゃんはわたしを迎えに来ないのだろう。  わたしは校舎のなかから、いつもおじいちゃんが立っていた場所を見るのが習慣になった。 「あのとき、もう来ないでなんて言わなければよかった」  後悔するが、いまさらどうしようもない。時間はまき戻らないのだ。今日もわたしはおじいちゃんが来るんじゃないかと、じっと待っている。ぼーっと見つめていると、おじいちゃんがいたころの思い出がよみがえってくる。  あれは雨が降る日だった。その日、傘を忘れていたわたしが、裏口へ行くと、おじいちゃんが傘をさして待っていた。その手にはもう一本の傘を握っている。おじいちゃんは雨のなか駆け寄るわたしを見つけると、笑顔でその傘を差しだした。 「わたしが傘忘れたってよくわかったね」 「家にあったから」 「そう、ありがとう」  わたしは渡された傘を開いて、おじいちゃんとともに歩きだした。いつもどおり会話はなかったけど、いまとなってはなつかしい。  わたしが思い出にふけっていると、あたりが暗くなる。今日もおじいちゃんは来なかった。  そんな日々をすごしているうちに、卒業の日がやってきた。この学校に来る最後の日とあって、生徒たちは普段と様子がちがった。緊張している子もいれば、友だちとの別れを惜しんでいる子もいる。今日もおじいちゃんのすがたはない。卒業式がはじまったばかりだから、来るはずもないのだが、今日ばかりは期待してしまうわたしがいた。  式がはじまってからも、わたしはおじいちゃんがいつも待っていたところを見つめていた。だが、そこにひとがあらわれる気配はない。淡々と時間はすぎた。卒業式もいつの間にか終わり、生徒たちのさわがしい声が表の門から旅立っていく。  もう、この学校にいることはできない。わたしがその場を立ち去ろうとしたときだった。  道の向こうから、ゆっくりと歩くおじいちゃんのすがたが見えた。 「おじいちゃん」  思わず校舎のなかから呼びかける。当然、わたしの声は届かない。おじいちゃんはいつもの場所に立ちどまって学校を見上げた。その顔はいつも見ていた笑顔ではなかった。無表情のなかに暗い感情が揺らいでいる。おじいちゃんは表情を崩さないまま、一点を見つめていた。  どれくらいの時間、おじいちゃんはそこに立っていただろうか。無限とも思えるほど長いときが経った。  ようやく、おじいちゃんは校舎から視線を外した。そのまま振りかえってきた道を帰っていく。一度も振りかえることはない。おじいちゃんの背中はだんだんと小さくなり、ついにはわたしの視界から消えた。気がつくと、日が落ちてあたりはすっかり夜になっていた。  おじいちゃんとは二度と会うことはないだろう。最後にひとめすがたを見られてよかった。これでわたしに思い残すことはない。  わたしの体は闇に溶けた。 〈了〉
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