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背水の陣だ。いや、もっと差し迫っている。陣なんか組んでいる余裕はないし、背水どころかもう胸まで水に漬かっている。映画監督志望の赤羽の人生は、にっちもさっちも行かなくなっていた。 古いワンルームマンションでワンカップ酒をあおり、床にあったマンガ雑誌に拳を打ち付けた。こんなはずじゃなかった。 高校を卒業して映画の専門学校に進んだ。映画の制作は高校生の時からやっているから、約二十五年になる。 四十歳をすぎて、映画監督になりたいなんて夢を追っているのは、赤羽だけになった。 専門学校の同期達は二十代の間に会社員に転向したり、家業を継いだりした。結婚をして、子供がいる奴らもいる。 かくいう赤羽も、アマチュア映画監督と配送業者の二足の草鞋を履いている。子供と嫁?いる訳がない。 気力の体力もアイディアも、つまみのスルメみたいにカラカラに乾いた。今回の撮影がダメだったら、プロの映画監督になることは諦めようと決心した。 最期になるかもしれない撮影は『夢を追う若者のドキュメンタリー』にした。
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