迎え火

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「女の子は大声をだして泣いたらだめなのよ」  今日みたいに蝉時雨の降り注ぐ暑い日だった。おばあちゃんちの広い庭を駆け回り、膝をすりむいた私はサイレンみたいに泣いていた。 「蝉だって女の子はなかないのよ」  おばあちゃんはそう幼い私に説明した。妙にリアルな蝉のかぶりものをした人間の女の子が頭に浮かんで、その奇妙さに一瞬涙と痛みが遠のいた。  ほら、とおばあちゃんが指さした木には蝉が一匹しがみついていたけれど、その蝉が鳴いているのかいないのか、私には分からなかった。  雌の蝉は鳴かない。その極めて実用性に乏しい豆知識が印象深くて、最近になって調べたのだが、どうやら雌は発音器がないらしい。そして雄の蝉が鳴くのは雌の蝉を呼び寄せるためだとか。雌は一生に一度しか交尾ができないことも自粛中の途方もないネットサーフィンで知った。  なんだかおばあちゃんみたいだなと今なら思う。当時遊び人だったらしい、おじいちゃんに言い寄って、ものにしたのだと、これは高校生の頃おばあちゃんから直接聞いたお母さんにも内緒の思い出話のひとつだ。  彼は久しぶりに外出できて比較的機嫌がよくなったようだった。  お昼すぎ、混雑を避けた時間帯に遅めのランチを、西新宿のカフェでとった。普段は行列のできるほどの店も並ばずに入ることができたし 待ち時間になったら、たばこが恋しくなっていただろうから私はこっそりと胸をなでおろした。  店内は4割ほどのテーブルを使えなくしていて、比較的ゆったりと過ごすことができた。なによりも、たんぽぽオムライスは絶品で、こんな世の中の状況なんて一瞬忘れてしまうほどの平和ぼけした味がした。
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