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私はレイ。日本へ引っ越してきた16歳の高校生だ。
父の仕事の都合で4月に日本へ越してきて2ヶ月経つが、いまだにこの島国には慣れず、友達なんて一人もいやしない。
真っ白くのっぺりとした大嫌いな高校からの帰り道にある、紫陽花の群れを見ることだけが慰めだった。今日は朝から土砂降りで、先生の授業中の小うるさい話を聞かずに、ぼうっと窓から雨を見ていた。薄墨色の曇り空。いつもどんよりとした気持ちなのに、天気までこうだと本当に気分が落ちてしまう。
下校時間には小雨になっていたので、傘を差す必要はなかったけれど、私は苦手な同級生たちと目を合わせたくなかったので、気に入りの傘をさして、少し屈んで家に帰った。亡くなった母さんがくれた、ゼニスブルー布製の傘。端に小花のレースの模様が折り重なるように編み込まれている。その模様が、日本の紫陽花に似ていて、私はこの花に心惹かれていた。指先を器用に使ってくるくると回していると、背後から軽やかな声がした。
「レイちゃん?」
楽しげに鼻歌でも歌おうかと考えていた私は、それを聞いてはっと身構え、振り返る。
そこに立っていたのは、同じクラスの青山文美(あおやまあやみ)だった。私と目が合い、少し眉を寄せ、不思議そうに首を傾げる。肩先で揃えたボブがベトナムで好きだった料理店のビーズのついた暖簾のように、しゃらりと揺れた。
「青山さん……」
「何してるの?」
「何って別に……」
青山さんは私に一歩近づく。
私は屈んだまま一歩後ずさる。後ろに広がる紫陽花が、私を包み込むように受け止めた。
側(はた)から見たら、私は蛇に睨まれた蛙のようだろう。それくらいドキドキしていた。
眉を寄せ、下から睨む私をよそに、青山さんは桜色の唇を丸く開けると、柔らかく微笑んだ。
「前から言おうか悩んでたんだけど」
そう言われ、私はどきりとした。本当に心臓が飛び跳ねそうになる。
クラスメイトに変な目で見られているのはわかっている。だって私の服装はーー。でもそれを確かな言葉で、目の前で口に出されるのは、ひどく辛いのだ。
私は前髪ごときつく編んで肩に垂らしたおさげを片手で触る。
「レイちゃんのアオザイ、とっても素敵だよね。私も着てみたい」
「え……?」
褐色(かちいろ)の瞳を瞬かせ、私は驚く。身構えていた分、本当に気が抜けて、間抜けな顔をしていただろう。
そう、私は指定された女子校の制服を着ないで、故郷・ベトナムで着ていたアオザイを毎日着ていた。それはなぜか、私の亡くなった母の形見だったからだ。母は日本に渡る少し前に、感染症で亡くなってしまった。突然のことだった。急に職場で感染し、養生していたと思ったら、急に容体が悪化し、亡くなった。いまだに母の死を受け止めきれなかった。私は母が着ていたアオザイを、日本でも着続けた。周囲から好奇な目で見られようが貫き通していた。
「ありが、とう」
青山さんは微笑む。彼女は小雨の中、傘をさしていなかったので、滑らかな黒髪を雨の雫がつたい落ち、私の傘の先に当たる。
私はそれを見て、いつの間にか頬に涙を流していた。担任の先生に健康そうな色だと言われる褐色の肌に、透き通った涙が伝い、私の人よりも幾分厚い唇の横を伝い、アオザイの襟へと落ちていった。
小雨は、いつの間にか止んだ。
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