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エピローグ ドラマみたいにはいかないハッピーエンド
――十年後のお前は、あの男が他の若い女とバージンロード歩く姿を見ながら泣いてるだろう。
黒沢の呪いじみたあの予言は、見事に当たった。
あれから十年が経ち、私は四十四歳になっていた。仕事の方では、五年前に課長に昇進し、順調に出世街道を進んでいる。部長の座もそろそろだ。
プライベートでは、未だ独身。自分の後輩や部下など、年下の女の結婚式に出席してばかりで、ご祝儀は一円たりとも回収できていない。
この日も、私は人の結婚式に出席していた。
こぢんまりとしたチャペルの中、タキシードを着た吉田遥が立っている。ウエディングドレス姿の若い女性と、一歩ずつ、ゆっくりと踏みしめながらバージンロードの上を歩いていく。その姿に、自然と目頭が熱くなってしまった。込み上げる涙を堪えつつ、二人の晴れ姿をじっと見つめる。
黒沢の予言通り、十年後の私は、吉田くんが若い女性とバージンロードを歩いている姿を見ながら涙ぐんでいた。
――とはいっても、結婚するのは吉田くんじゃない。
「新婦・吉田楓さん、あなたは病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、彼を夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい、誓います」
今日は彼の妹・楓ちゃんの結婚式だ。
花嫁を花婿に引き渡すという大役を務めた遥くんが、私の隣――親族席に鼻を啜りながら戻ってきた。
「……遥くん、泣き過ぎ」
小声で注意してハンカチを手渡すと、遥くんは「ずいまぜん」と目頭をおさえながら受け取った。彼の泣き顔を見たのはこれで五度目。意外と涙脆いところがあるというのは付き合ってから知ったことだった。
十年という月日は長い。私が四十四になったということは、遥くんは三十四歳になったということだ。彼はあの後、バイトをしながら高卒の資格を取り、試験を受け、大学の夜間学部に入学した。大学で勉強するのが夢だったらしい。数年前からはフランチャイズ契約を結んであのコンビニチェーンのオーナーになった。商才が開花し、経営はうまくいっているようだ。
式が終わり、恒例のブーケトスが行われた。遠慮気味に佇む独身女性の集団に向かって花嫁の手から花束が投げられる。ところが、ブーケを取ったのは彼女たちの誰でもなかった。なんと、新婦の兄である遥くんだ。まるでフライを捕るする外野手のように、長身を生かして花束をナイスキャッチしてしまった。
「よっしゃ」
と、ブーケ片手に拳を握るアラサー男に、参列者から失笑が聞こえてくる。
「もう!」花嫁はご立腹だ。「お兄ちゃん、なにしてるの!」
それでも満足げな顔をしている遥くんに、私は苦笑した。
記念撮影が終わり、次は披露宴だ。会場に移動する途中で、
「奈津子さん」
と、遥くんが私を呼び止めた。
「なに」
「俺、三十四歳になったんですけど」
「そうだね」
「そろそろ結婚してくれますよね?」
その言葉に、思わずぷっと噴き出す。
「なにそのプロポーズ。色気ないなぁ」
ドラマみたいに片膝つけ、とまでは言わないけど、もう少しロマンチックな言い方をしてくれてもいいじゃないかと思ってしまう。まあ、過去に何度も断った私にも責任はあるけれど。
よくもまあ、こんな可愛げのない女を、一途に十年も愛し続けてくれたもんだ。その気持ちにはしっかり報いたい。
「そうだね。中年太りが酷くなる前に、ウエディングドレス着とこうかな」
そういう私だってロマンチックの欠片もないけれども。
とはいえ、実のところ、とっくに覚悟は決めていた。この人と添い遂げる覚悟を。私はバッグの中に忍ばせていた二人分の指輪に手を伸ばした。
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