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第5話 ドラマみたいにはいかないプロポーズ
「好きでした、奈津子さんのこと」
吉田くんがベッドの中で軽く身じろぎしながら言った。
「いや、好きでしたって言うと過去形だけど、あの、そういうことじゃなくて、なんていうか、前からっていう意味で、その、今も好きです」
「……どうもありがとう」
直球かつ可愛らしい言葉に絆され、私は年甲斐もなく照れてしまった。
吉田くんの逞しい腕に預けていた頭を持ち上げ、ゆっくりと体を起こす。いつの間にか窓の外は明るくなっていて、今何時だろうかと枕元の目覚まし時計を確認したところ、とっくに十一時を過ぎていた。今日が休みでよかったなと安堵しながら、脱ぎ散らかした服を探す。……パンツどこだ?
パンツパンツ……と素っ裸で視線をさまよわせている私の腕を、吉田くんが強く引っ張った。もう一回したいのか、再びベッドへと引きずり込もうとする。私は困ったように笑い、その腕を軽く振り払った。……あ、パンツあった。
「いつから私のこと好きだったの?」
という私の質問に、吉田くんは恥ずかしげもなくはっきりと答えた。「コンビニで助けてくれた後、バッセンで会った日から、なんか気になってて」
あの日か、と思い出す。行きつけのバッティングセンターで吉田くんと会った。でも、あのときは並んでバットを振り回しただけで、特に好かれるようなことをした覚えはないが。
「ずっとバントしてたり、ごいつフォームでバット振り回してんの見て、かわいいなって思って」
「……吉田くんって変わってるよね」
その言葉は嬉しいけど、あの日の私の姿を見て「可愛い」と思える彼の感性がちょっと心配になる。
「ルームシェアするって言い出したから、チャンスだと思ったんです」
「冗談だったんだけどね、あれ」
「迷惑でした?」
「最初は、ちょっと。まあ、結果オーライかな」
吉田くんとこんな関係になるとは思わなかったし、なれるとも思っていなかった。こうして一緒に住まなければ、彼の良さを知ることはできなかっただろう。
ベッドに腰かけ、下着を身に着ける。ふと背中に視線を感じて振り返ると、吉田くんは肘枕をしたまま私をじっと見つめていた。
「……ねえ、見すぎ。恥かしいんだけど」
「すいません。やったー、って思って」
「なにそれ」
そういえば前にそんなこと言ってたな、と思い出し、私は苦笑した。
「あの……」吉田くんはもぞもぞしながら上体を起こすと、裸のままベッドの上に正座した。「実は、俺も奈津子さんに謝らないといけないことが」
「え、なに」
「この前、警察の人が来たんです」
「は?」
「『空き巣の犯人が捕まったから、家の人に伝えてくれ』って」
「えっ!」
声を張りあげて驚いている私に、吉田くんがばつの悪そうな顔を向ける。「すみませんでした」
「ちょっと、なんで黙ってたの」
睨み付けると、吉田くんは「ほんと、ごめんなさい」と首を窄めた。
「なかなか言い出せなくて。空き巣が捕まったら、俺もう必要なくなるし、追い出されるかもって」
「追い出すわけないじゃん」
出て行かれたら困るのは私の方だ。そもそも、あの空き巣のことなんて、吉田くんがうちに来てからすっかり忘れていた。
「家賃ちゃんと払うんで、このまま置いてもらえませんか」
と、吉田くんが申し訳なさそうに提案する。お金なんていらないのに。そういう真面目なところも好きだけれど。私は「そんなことより、お腹空いたね」と話題を変えた。
「なにか作りましょうか。フレンチトーストとか」
「食パン切らしてるよ」
「パン粉で作るとめちゃくちゃ美味いんすよ」
「そうなの?」
何でも知ってるな、と感心する。相変わらず主夫力が高い。
「パン粉あったっけ?」
「こないだハンバーグ作ったときの残りがあります」
「そっか」
言葉を交わしながら、部屋を出る。寝室からリビングまでの廊下には、私と吉田くんの服が点々と落ちていた。ベッドまで我慢できなかったのはお互いさまだ。
抜け殻を拾い集めて洗濯かごに放り込み、服を着てからリビングへと向かう。キッチンにはパンツ一枚でピンクのエプロンをつけた吉田くんが立っている。なんだその格好は、とやや困惑している私を余所に、吉田くんはボウルに入れたパン粉と卵、牛乳やらを、ご自慢の上腕二頭筋を最大限に活用して混ぜていた。
服を着なさい、といういつもの小言は呑み込んだ。吉田くんとは一夜を共にした仲だ。彼は私を好きで、私も彼を好き。ということは、私たちは晴れて恋人同士になったわけだから、私には彼の裸エプロン姿を堂々と眺める権利がある。
――と思ったけれど、ちょっと待てよと一抹の不安が過る。私たち恋人だよね? 付き合うことになったんだよね? そういうことで大丈夫だよね?
一回寝たくらいで彼女面すんなよ、みたいなこと言われないか心配になってきた。最近の若い子の恋愛観はわからない。この関係がどういうものなのか、あとでちゃんと本人に確かめた方がいいかもしれない。
「手伝おうか?」
キッチンに回り込み、吉田くんの顔を覗き込むと、
「あ、じゃあこれ混ぜててください。俺、フライパン準備するんで」
「了解です」
菜箸を受け取り、ボウルの中身をかき混ぜる。牛乳の水分を吸いねちょねちょになったパン粉が、卵の黄身に色付けされていく。
そろそろいいかな、と思った瞬間、ぎゅっと胸の辺りを圧迫された。吉田くんが後ろから私を抱きしめている。
「お?」混ぜる手を止めずに尋ねる。「なになに、どうした」
急にバックハグだなんて。年甲斐もなくドキドキしてしまう。
「いや」吉田くんは私の首筋に顔を埋めて答えた。「混ぜるの下手で、かわいいなぁって思って」
「うるさいよ」
離せー、触るなー、と顔をしかめながら軽く暴れると、吉田くんは離まいと腕に力を込めてきやがった。鍛え上げられた太い腕には敵わない。
「悪かったね、料理全般ヘタクソで」
首を捻って後ろにいる吉田くんの顔を見上げ、むっと睨み付ける。吉田くんは軽く笑い、私にゆっくりと顔を近付けてきた。……あ、これはキスされる雰囲気だな。そう思って目を閉じようとした、次の瞬間、リビングのドアが勢いよく開いた。
びっくりして視線を向けると、
「…………お、お母さん」
そこには、私の母親が立っていた。
合鍵を使って入ってきたのだろうが、タイミングが悪すぎる。勝手に入るのはやめてくれと何度も注意していたのに。
裸(パンツははいてる)エプロン姿の筋骨隆々な若い男がアラサーの娘を抱きしめている光景に、母親は声にならない悲鳴をあげた。
当然、フレンチトーストはしばらくお預けとなった。
朝の甘い雰囲気が一切の余韻を残さず吹き飛び、リビングにはピリピリとした息の詰まるような空気が漂っている。辛うじて服を着ていた私はまだマシだ。パンツ一枚で正座させられている隣の吉田くんが不憫でならない。
目の前には、眉間に皺を寄せっぱなしの母が座っている。険しい表情で吉田くんをじろじろと眺めながら、「遥くん、だったわよね?」と口を開いた。
「はい」と、吉田くんが神妙に頷く。
「母さん、あのね。彼は――」
事情を説明しようと口を挟んだところ、母に「あなたは黙ってて」と一蹴されてしまった。いや、黙っているわけにはいかない。どうにか吉田くんに助け船を出したいところだ。
「あなた、奈津子と付き合ってるの?」
母が尋ねた。それは私も聞きたい。
私はおとなしく黙り、彼の答えを待った。
「はい」
吉田くんがはっきりと言った。……よかった、どうやらセフレ止まりじゃなかったらしい。内心安堵した。
「僕は、そのつもりですが……」
と言いながら吉田くんが私をちらりと見た。こちらの意向を窺っているようだったので、「私もそのつもりです」と即答する。
それから、母は怖い顔で吉田くんを質問攻めにした。まるで圧迫面接だ。
「歳はいくつ?」
「二十三です」
「お仕事は?」
「フリーターです。下のコンビニで働いています」
その瞬間、母の顔つきがますます険しくなった。
「どうせ遊びなんでしょう?」意地の悪い声色で訊く。「こんな若い子が、三十過ぎの女と付き合うなんて、おかしいわ」
いやまあ、そう思うのは仕方がないだろうけどさ。
吉田くんはすぐに否定した。「いえ、そんなことは」
「じゃあ、奈津子と結婚する気あるの?」
という母の質問に、吉田くんは一瞬、黙った。これまでハキハキと即答していた彼が、「それは、その……」と途端に歯切れが悪くなった。
なにも悪いことをしていない吉田くんが、どうしてこんなに問い詰められないといけないのだろう。なんだか申し訳なくなる。これ以上黙ってはいられなくて、私は口を開いた。
「ちょっと母さん、やめてよ、吉田くん困ってるでしょ――」
「あんたは黙ってなさい」
母が語気を強めた。
「どうなの、結婚する気あるの」
「母さん、いい加減にして」
吉田くんは、「今は、なんとも……」と消え入りそうな声で答えた。
ほら見なさい、と言わんばかりに、母は鼻から息を吐き出し、肩をすくめる。「女には出産のリミットがあるのよ。家庭をもつ気のない、あなたみたいな若い子と遊んでる暇はないの」
「母さん、もう帰って」
もう我慢の限界だ。私は母の腕を掴み、強く引っ張った。強引に玄関まで連れていくと、母も渋々従った。
「目を覚ましなさい、奈津子」
玄関で靴を履きながら、冷たい声色で言う。
「あの子とは別れなさい」
母は短大を出てから事務職に就き、公務員の父と結婚して寿退職した。無難な人生を歩んできた安定志向の母には、フリーターは「定職に就かずフラフラしている人間」という偏見がある。吉田くんとの交際にあまりいい顔はしないだろうとはわかってはいたけど、まさかここまでとは思わなかった。
「早く帰って」
気が滅入ってしまう。半ば追い出すような形で母と別れると、ドアの鍵を閉めながら私はため息をついた。尋問からようやく解放され、服を着ている吉田くんに、「なんかごめんね」と謝る。
「すみません、俺の方こそ」
吉田くんの申し訳なさそうな顔に、心が痛む。母のせいでせっかくの二人の時間が台無しだ。
妙な空気になったまま、吉田くんはバイトに行ってしまった。
私はリビングでひとり、テレビを観ていた。ドラ恋の10話の録画を再生する。今週でついに最終回を迎えていた。あっという間の三か月だったなぁ、としみじみしながら缶ビールを開ける。
互いに思いを告げ、両想いになったアイコとカズマ。一つ屋根の下、イチャイチャする幸せな二人に、やはりここで邪魔が入る。大きなプロジェクトにカズマが抜擢され、再びニューヨーク本社に再び出向することとなったのだ。二年間の間、二人は離れ離れになってしまう。
クリスマスムード漂う街中で、
『ニューヨークから帰ってきたら、結婚してくれ』
片膝をついてプロポーズするカズマ。感激するアイコ。薬指に輝くリング。美しいシーンだった。
次の場面では、『二年後』というテロップが表示され、少し髪の伸びたアイコが登場する。空港までカズマを迎えに行き、そこで二年ぶりの再会を果たす。二人は抱き合って喜んでいた。
ラストシーンは、同僚たちに祝福される二人の結婚式だ。タキシード姿のカズマの隣で、ウェディングドレスを着たアイコが幸せそうに微笑んでいる。
「……結婚、かぁ」
テレビを観ながら、思わず呟いてしまった。
実を言うと、吉田くんの言葉に、ちょっとショックを受けている自分がいる。
母に「結婚する気あるの?」と問われたあのとき、正直なところ「あります!」と即答してほしかった。少しでもいいから結婚も意識していてほしかった。いつかは一緒になりたいと思っているのは私だけなんだろうか。途端に彼の気持ちが遠くにあるように感じてしまう。
最初は好きでいるだけと決めていた。それが両想いになった途端、今度は結婚だのなんだのと贅沢なことを言い出してしまう。人間というのはなんて欲深い生き物なのだろう。
とはいえ、相手の立場になってみれば、当然のことだというのもわかっている。二十三歳の頃、私は結婚したいと思っていたか? 自問すれば、答えは絶対ノーだ。今の会社に就職して一年が経ち、ようやく企画を任されるようになってきて、仕事が楽しくて仕方がなかった。恋愛は二の次で、毎日のように残業していた。「結婚? いやいや、今は仕事が忙しいし。三十手前くらいでできればいいでしょ」などと考えていたはずだ。……まあ、三十過ぎてもできていないことは置いといて。
自分は好きなように生きてきたくせに、吉田くんには結婚を求めるなんて、ずいぶん身勝手な話じゃなかろうか。ちょっと反省した。そんなことを考えている暇があったら、少しでも彼に好かれる努力をするべきだろう。ただでさえ歳の差というハンデがあるんだから。吉田くんの周りにいる同世代の女の子(彼の交友関係を知らないから何ともいえないが)とは、若さでは戦えない。さっさと結婚した方が彼を盗られずに安心できる部分はあれども、そういうのってちょっとどうかと思うな、という自分もいる。自分のものにしたい、でも結婚という契約で縛り付けたくはない。幼い頃から苦労が絶えず、いろいろと制約が多かったであろう彼には、これからはもっと自由に生きてもらいたい。相反する気持ちが燻り、自分でもどうしたいのかわからなくなってきた。
ただひとつわかっているのは、自分が彼と一緒になることを望んでいるということだ。結婚してもいい、ではなく、結婚したいと思えた。「してもいい」と「したい」の差は大きい。吉田くんが相手なら添い遂げる覚悟を持てそうな気がした。収入も学歴も理想通りとはいかないけど、そんなことがどうでもよくなるくらい、私は彼のことが好きなのだ。
バイトがかなり忙しいらしく、この一週間は吉田くんと顔を合わせることがほとんどなかった。せっかく付き合うことになったというのに、幸先が悪すぎる。なぜか急にシフトを増やした吉田くんに、もしかしたら避けられているのだろうかと被害妄想的な考えまで浮かんでしまう。
今日は営業部の忘年会だった。先週も同じような集まりがあったばかりだ。どうして会社という組織はこう何度も同じ面子で飲み会をしなければならないんだろう、と不思議に思わなくもない。
会社にほど近い居酒屋の個室で乾杯し、ほどよく酔いが回った頃、
「片野さんは結婚の予定はないの?」
と、四十代の時短勤務の主婦が、料理を取り分けていた片野さんに尋ねた。片野さんだけにその質問するところに中途半端な気遣いを感じる。
「ないですねー」
と、片野さんは一蹴した。
「今は仕事頑張りたいんで」
「そんなこと言ってると、あっという間に三十過ぎるわよ」
あっという間に三十三になった奴がここにいますけど。
やさぐれながら焼酎の水割りを喉に流し込んでいるうちに時間がきてしまい、私たちは会計を急かされ、半ば追い出されるかのように店を出た。忘年会シーズンはだいたいこんな感じなので、文句を言う人は誰もいなかった。
二次会は断った。早めに家に帰れば吉田くんの顔を見れるかもしれない、という淡い期待が浮かんだからだ。もう若手でもないので、しつこく誘われることもない。「お先に失礼します」と頭を下げ、私は酔っ払いの輪の中から外れた。
驚いたことに、黒沢が「俺も」と私に続いた。いつも率先して次の店探しをするような男が二次会を断るなんて、と目を瞠っていると、黒沢はひとりで駅へと向かう私の腕を掴み、
「話がある」
と、言い出した。
「なによ」
「俺と付き合ってほしい」
「は?」
「結婚を前提に、俺と付き合ってくれ」
あまりに唐突すぎる告白に、私は目を丸くした。しかもこんな往来で。何なんだ、急に。
「……冗談でしょ?」
「本気だ」
黒沢の顔は真剣だった。
「いやいや、私、付き合ってる人いるんだけど」
「知ってる。片野に聞いた」
だったら身を引けよ、と眉をひそめる私を余所に、黒沢は話を続ける。
「でもさ、そいつ、二十三歳のフリーターなんだろ? そんな奴との将来、考えられるのか?」
「私はそのつもりだけど」
「向こうはどうだろうなぁ」
なんだその含みのある言い方。喧嘩売ってんのか。
「五年後、お前は四十手前のオバサンだぞ。まだ三十手前の男が、そんなババアで我慢できると思うか? 若い女に乗り換えられるのが見えてんだろ」
……くそ。この男、痛いところを突いてきやがる。
「なあ、俺にしとけよ。幸せにするから」
悪いが答えはノーだ。誰がなんと言おうと、私の気持ちは吉田くんにある。今すぐこの場でお断り申し上げようとしたところ、先手を打たれてしまった。
「俺が来月からシンガポールに行くのは知ってるよな?」
話は聞いていた。黒沢は一か月間の海外出張で、しばらくこっちにいない。
「帰ってきたら、返事を聞かせてくれ」
そう言い残し、黒沢は立ち去った。
困った。まさか、黒沢にガチの告白をされるとは思わなかった。
結婚を前提にって、本気なのだろうか。あの黒沢が? 女をとっかえひっかえしてる黒沢が? スマホの中に女の連絡先が百人分くらい入ってるあの黒沢が、本気で私と付き合うって? いやいや、ありえないでしょ。信じられない。
帰宅すると、吉田くんがリビングでテレビを観ていた。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま」
久しぶりに見る顔に心があったかくなる。やっぱり早く帰ってきて正解だった。
「奈津子さん」
吉田くんが私に向き直った。
「ちょっと、話があるんですけど」
嫌な予感がした。まさか、別れ話じゃないよね? 良介のときのトラウマが蘇り、変な汗が出てきた。
心臓がバクバクしている私を前に、吉田くんは「あの、お母さんに言われたことなんですが」と本題に入る。
「結婚する気があるかどうかを訊かれて、躊躇ってしまったんです。俺、中卒だし、収入も低いし、こんな男じゃ奈津子さんと釣り合わないなって」
だから別れたい? 婚期を逃した女と結婚を急かすその母親が重くなった?
ネガティブな考えが浮かんでくる。この不穏な流れは確実に別れ話だ。きっとそうに違いない。どうしよう。年甲斐もなく泣きそうだった。
絶望感に打ちひしがれていたところ、
「でも、奈津子さんとは、結婚を前提に付き合いたいと思っています。だから俺、今から頑張ります。お母さんに認めてもらえるように、せめて高卒の資格取って、就職します」
と、吉田くんは予想もしないことを言い出した。
「……えっ?」
「通信制の社会人コースに通おうと思って。まずは、その学費を貯めようかと」
「もしかして、最近バイトのシフトを増やしたのも、そのため?」
「はい」
なんだぁ、と私は安堵の息を吐いた。よかった。別れ話じゃなかったことにひとまずほっとする。吉田くんが私との関係を真剣に考えてくれていることも、嬉しかった。
「だから、ちゃんと正社員になれたら、俺と結婚してくれませんか」
「嫌」
私の返答に、今度は吉田くんが「えっ」と目を丸めた。
「結婚しない」
「え」吉田くんは唖然としている。「なんで」
「そんなことしなくていい。私のために無理しないで」
もうこれ以上、彼には無理して働いてほしくなかった。楓ちゃんのためならともかく、それが私のためだというのなら、そんな努力、必要ない。高卒じゃなくても、会社に就職しなくても構わないじゃないか。やりたくもない仕事をしなくていい。ただ私は、今の吉田くんが十二分に好きなんだから。
「でも、俺、フリーターだし、甲斐性ないから、このままじゃ奈津子さんのご両親に認めてもらえない」
「私が認めてる」
吉田くんが俯いていた顔を上げ、私を見た。その目を真っ直ぐに見つめ、言葉を続ける。
「吉田くん、今までずっと、ひとりで妹さんを養ってきたんでしょ? 中学卒業してから、遊ぶこともなくずっと働いてきたんでしょ? それのどこが甲斐性ないっていうの?」
いつも手際よく家事をこなす吉田くんの姿を見ていれば、彼がこれまでどれだけひとりで頑張ってきたのか、容易に想像できる。
だから、もう誰かのために頑張らないでほしい。私なんかのために頑張らないでほしい。自分を犠牲にするのはここまでにして、今まで苦労してきた分、これからは肩の力を抜いて生きてもらいたい。彼にはもっと楽をする権利があるはずだ。
「お金がないなら、あなたのことは私が養う。今まで妹さんを養ってきたんだから、吉田くんはもう誰も養わなくていい。私のことも、自分のことも」
私がどれだけ彼を思っているかを、とにかく伝えたかった。自分の気持ちを言葉で表現するというのが、こんなにも難しいことだったなんて。上手く言えなくてもどかしくなる。
「周りにどう思われてもいい。男が女に養われるなんて恥ずかしいって、あなたは思うのかもしれないけど、そんなの全然恥ずかしいことじゃない。あなたが、ずっと一家の大黒柱をやってきた頼りがいのある立派な人間だってことは、私だけが知っていればいいじゃない」
いっきに捲し立てた私に、吉田くんはすっかり気圧されていた。それから、彼は私に背を向けた。右手で顔を覆っている。鼻水を啜る音が聞こえてきた。「すみません」と呟いた言葉は、涙声だった。人が死んだとき以外に男の人が泣く姿を、私は初めて見た。
「……俺はただ、奈津子さんに釣り合う男になりたくて」
もちろん、その気持ちは嬉しい。もしかしたら彼の中にも学歴や職歴にコンプレックスがあって、私といることで劣等感を覚えることもあるのかもしれない。母の言葉でさらにそのコンプレックスに苛まれ、だからまずは高卒の資格を取ろうと思い立った考えも理解できる。だからといって、吉田遥と言う人間が、私という人間に劣っているという事実はない。
「十分釣り合ってる。むしろ、私が足りないくらいだよ。十個も年上だから、いつも引け目を感じるし。もっと若い子に盗られるんじゃないかって、不安に思うこともあるよ」
彼はようやく私のほうを見た。「……そうなんですか?」
「そうだよ。吉田くんに嫌われたくないから、毎日アンチエイジングに必死だよ」と言ってから、一笑する。「それに、私は料理もできないし、吉田くんみたいに気が利く人間じゃない。私には吉田くんはもったいないくらいだと思うよ」
人間は、何をもって釣り合っているといえるのか。そんなのは他人が決めることじゃない。人には、目に見えない長所や数字では表せない魅力があるのだから。
「母さんが認めないから結婚できない? 別にいいじゃん。だったら結婚なんかしなくていい。一緒にいるだけで十分だよ。今みたいに。事実婚のカップルだって、今のご時世いっぱいるし」
熱弁を振るう私の鼻息がどんどん荒くなってくる。
「吉田くんは、今まで家族のために人生捧げてきたんだから、これからは自分の幸せのために生きてほしい。私の幸せなんて考えなくていい。私、自分のことは自分で幸せにできるから」
吉田くんは、ただただ私の話に聞き入っていた。何度も頷き、「ありがとうございます」と呟いた。私はティッシュを持ってきて、涙で湿った吉田くんの頬をぐしゃぐしゃに拭いた。
おとなしくされるがままになっていた吉田くんが、「でも」と口を開く。
「やっぱり、ご両親には認めてもらいたいです。付き合うのを反対されてるのは、しんどいんで」
「うん、そうだね」
そりゃそうだ。どうせなら応援されたい。認めてほしい気持ちは私にもある。私の恋人がどんなに素敵な男性なのかを、ちゃんと知ってもらいたい。
「今度、実家に行ってみる?」
という私の提案に、吉田くんは真っ赤な目で頷いた。
お金持ちのお坊ちゃんと庶民の娘との結婚を意地悪な母親が邪魔してくる、みたいに、親の反対というものは恋愛ドラマの障害としてよく描かれているけど、まさか自分自身がその障害に直面するとは思ってもみなかった。
週末、私は吉田くんを連れて実家を訪れた。築三十年以上の古い一軒家だ。
隣には、スーツ姿の吉田くんが緊張した面持ちで立っている。「すごく似合ってるよ」と声をかけたところ、深いため息が返ってきた。
「奈津子さんに買ってもらったスーツでご両親に挨拶に行くなんて……」吉田くんの表情は暗い。「甲斐性がなさ過ぎて凹みますね」
「なんで凹むのよ」
私は肩をすくめた。
「自分の好きな男に、自分の好きな服着せて何が悪い」
お世辞じゃない。私が選んだのだから当然かもしれないけど、イタリア製のスーツが本当によく似合ってた。その辺にいるエリート商社マンなんて目じゃないと思う。あまりに似合っているので他にもいろんな服を着せたくなってしまうし、スーツに合う時計や靴も試したくなる。恋人になんでも貢いでしまう人間の気持ちがよくわかるな、と思った。
「緊張してる?」
「そりゃ、もう」
吉田くんは「でも、絶対に認めてもらいます」と気合十分だ。まるでノーアウト満塁のピンチで登板した救援投手のように瞳を燃やしている。
「乗り込む前に円陣組んどく?」
「いいですね」
玄関の前で掌を重ね、小声で「しゃ行くぞー」と声を出す。「おー」と吉田くんが返した。
家に入ると、居間で両親が待っていた。いつもとようすが違う。どちらもやや緊張気味というか、顔を強張らせていた。テーブルを挟んで正座して座り、吉田くんは持参した菓子折りを差し出してから、
「お母さま、前日は大変失礼いたしました」
と、頭を下げた。
「お父さま、初めまして。吉田遥と申します。娘さんとお付き合いさせていただいております」
父も軽く頭を下げ、「どうも、娘がお世話になってます」と答えた。
「歳は二十三で、頼りないかもしれませんが、将来は奈津子さんとの結婚を本気で考えています」
という吉田くんの言葉を聞いて、母が露骨に白けた表情を浮かべた。彼との交際すら認めたくない彼女にとってみれば、結婚なんて言語道断だろう。
それでも、吉田くんひるまなかった。とにかく両親を説得しよう、どうにか自分の真剣な気持ちをわかってもらおうと、寝ずに策を練ってきたらしい。その横顔は戦場に立つ兵士のように引き締まっていたが、
「ところで、日本人の平均寿命をご存知ですか?」
言っていることは支離滅裂だった。
「……は?」
なんで急に平均寿命の話? 私は話についていけず首を捻った。目の前の父も母も、揃って「は?」という顔をしている。
「現在は男性が81歳、女性は87歳だそうです」
まじで何の話だ。何を言い出すんだ急に。大丈夫か吉田くん。あまりの緊張で錯乱しているんじゃなかろうかと心配になり、横目でようすを窺ってみたが、そんな感じには見えなかった。頼もしい表情はそのままで、真っ直ぐに両親を見据え、彼はしっかりした口調で続けた。
「奈津子さんが87歳になったとき、僕は77歳です。平均寿命でいえば、まだまだ健在です」
呆気に取られていた母が、「それが、なに?」と眉根を寄せる。いらいらしているのが手に取るようにわかった。
それでも、吉田くんは負けじと言葉を続ける。
「僕は学もないですし、たいした仕事もしていないので、お金は持っていません。経済的に奈津子さんを支えるのは厳しいかもしれません。ですが、この見た目通り、体だけは頑丈です。二十三年生きてきて、三回しか風邪をひいたことがありません。そのうちの一回はおたふく風邪です」
それはすごいな、と思わず素直に感心してしまった。ということは、こないだ倒れたのが人生で三回目の風邪だったのか。……って、そんなことを考えている場合じゃない。いったい何なんだ。風邪ひかない自慢って、小学生かよ。わけがわからず、両親の顔もますます険しくなっていく。
ちょっとアシストした方がいいんだろうかと心配になる私を余所に、吉田くんは粛々と、大真面目な顔で喋り続ける。
「持病もありません。両親は早くに他界しましたが、交通事故でした。三親等以内に癌を患った者もいません。筋トレが日課で、食事もほぼ毎日自炊して、健康にも気を付けています。長生きする自信があります」
膝の上で握り締めていた両方の拳を床につけると、吉田くんは前のめりの体勢で首を垂れた。
「奈津子さんのことは、必ず僕が看取ります。奈津子さんを残して先立つようなことはしません。最期まで、絶対に彼女を独りにはしません」
その言葉を聞いた途端、両親の顔色が変わった。「何を言ってるんだこいつは」を眉をひそめていた二人が、はっと息を呑み、目を瞠っていた。
彼が何を伝えようとしているのか、私たちはやっと気付いた。
「だからどうか、奈津子さんとの交際を認めてください」吉田くんが頭を床につけ、声を張った。「お願いします」
父も母も、黙っていた。私も何も言えずにいた。気を抜けば涙腺が緩みそうで、ひたすら唇を噛みしめて耐えた。
この男がずっと一緒にいてくれる、私の最期を看取ってくれる。これ以上幸せな約束があるだろうか。
どこまでいい男なんだよ、吉田遥。
私は十分満たされていた。もう満足だ。両親が何と言おうと、もはやどうでもよかった。この男の良さがわからないならば、彼にここまで言わせて認めてくれないならば、相手が親だとしても縁を切ってもいい。そう思えた。
「吉田くん」
最初に沈黙を破ったのは、父だった。
「君、野球は好き?」
吉田くんはがばっと顔を上げ、面接官に質問された就活生のように緊張した面持ちで姿勢を正した。
「はい、好きです。中学までピッチャーをやってました。今でも草野球サークルで投げてます」
父は無類の野球好きで、若い頃は少年野球のコーチを務めていたこともあった。そもそも私が野球を始めたのも父の影響だった。同じく野球経験者の吉田くんとは、きっと話も合うだろう。
案の定、父は笑顔を見せた。
「行きつけのスポーツバーがあるんだ。今度一緒に行こう」
父からの誘いに、吉田くんはぱっと顔を輝かせ、「はい!」と大きな声で答えた。いい返事だ。野球部の監督に「次の代打はお前で行く。思いきって振ってこい!」と言われた万年控えの選手のようなテンションだった。
……いや、そんなことより、スポーツバーってどういうこと? 御年六十五の親父がそんな小洒落た場所に通ってるなんて知らなかったんだけど。
とにかく、父には認めてもらえたようでよかった。では、母親の方はどうか。私が窺うような視線を向けると、母はため息をつき、
「……好きにしなさい」
と、素っ気ない態度で言った。
お許しが出た。吉田くんの魅力は、どうやら母にもちゃんと伝わったようだ。そのことがあまりに嬉しくて、「ありがとう」と答える声が少し震えてしまった。
「ところで」と、父が話題を変える。「吉田くんはどこの球団のファンなんだ?」
「巨人です」
その瞬間、父の顔色が変わった。
これはまずい。うちの親父は典型的なアンチ巨人の阪神ファンだ。
「出て行け」鬼のような形相で父が言う。「二度とうちの敷居を跨ぐな」
「え」
青ざめている吉田くんに、「冗談だよ」と親父は悪戯が成功した子どもみたいな顔で笑った。
三十四歳の誕生日は、盛大にとはいかないが、吉田くんにお祝いしてもらった。鍋を囲んでシャンパンで乾杯し、締めにはケーキを食べた。吉田くんからのプレゼントはなんとミズノ製のキャッチャーミットで、「これで毎日俺の球を受けてください」とトンチキなプロポーズみたいなことを言われた。それ以来、私はたまに近所の公園で吉田くんの練習に付き合うようになった。
ひとつ歳をとってからも、私はいつも通りの生活を続けていた。両親の公認をもらったこともあり、吉田くんとの関係も安定していた。たまに家でいちゃつくこともあるけど、基本は同居人の延長という今まで通りのテンションで、大きな喧嘩をすることもない穏やかな付き合いだ。ドラマみたいにドキドキすることは次第に薄れてはいるけれども、これで十分満たされていた。刺激的な関係がいつまでも続いたら精神的にも肉体的にも疲弊してしまうだろう。
吉田くんと共に過ごしていくうちに、「この人とならこの先何年でも何十年でも付き合っていけそうだな」という感覚は日に日に増していった。初めて経験するこの感覚こそが、今の私にとってはいちばんかけがえのないものであって、これを手放す気はさらさらなかった。
そんなこんなでいつの間にか一か月が経っていた。黒沢がシンガポールの出張から戻ってきて、よくわからない不味いお菓子を土産に配り回っていた。
「ごめん、あんたの気持ちには答えられない」
黒沢が帰国した次の日、私は自分の気持ちを正直に伝えた。誰もいないオフィスでひとり残業している彼に追い打ちをかけているようで少し気が引けたけど、はっきりさせておきたかった。
三十を過ぎると、どうしても結婚の二文字が頭を過ってしまい、好き嫌いだけでは男を見れなくなってくる。この人だったら将来安泰だとか、幸せになれそうだとか、打算的な考えが浮かんでしまうものだ。
「私、今の彼のことが大事だから」
職業とか年収とかを抜きにして、学生の頃のようにただ純粋に人を好きになったのは久しぶりだった。吉田くんが好き。その気持ちは揺るがない。高身長・高学歴・高収入の黒沢に付き合おうと言われても。たとえ結婚を意識していた元彼の良介に寄りを戻そうと言われようと、今後理想に近い男が現れようと、吉田くんが私を必要としてくれる限りは一緒にいたいと思う。
さすがの黒沢も脈なしだと察してくれただろう。彼は忌々しげにこちらを睨み、
「予言してやる」
と言って、私の顔を指差した。
「お前は将来、絶対後悔する。あのとき俺と付き合っていればよかった、って」
「はいはい」
黒沢らしい負け惜しみに、私は肩をすくめて笑った。
「十年後のお前は、あの男が他の若い女とバージンロード歩く姿を見ながら泣いてるだろう」
「はいはい」
いくら意地の悪いことを言われたって、私の気持ちは変わらない。
「覚悟しとけよ」
「ご忠告どうも」
鼻で笑ってオフィスを出ると、彼の待つ自宅へと急いだ。
「おかえりなさい」
家に帰ると、いつものように吉田くんが出迎えた。顔が少し赤い。ほろ酔いのようだ。
「もしかして、飲んできた?」
「はい。秀雄さんと」
「秀雄さん?」誰だ? と首を捻り、思い出す。「……って、高宮秀雄か!」
私の父じゃないか。
「行きつけのスポーツバーに連れてってもらったんですよ。奈津子によろしく、とおっしゃってました」
父はすっかり吉田くんを気に入ってしまったようだ。私を差し置いてよく一緒に飲みに行っている。さらに父は吉田くんの野球サークルの監督に就任したらしい。実の娘の私とは滅多に会わないのに、娘の彼氏とは週一で顔を合わせているというのは何とも不思議な話だ。
「ほんとごめんね、迷惑だよね」
「いえ、俺も楽しいんで」
「父さん、息子ができたみたいで嬉しいんだと思う」
寝間着に着替え、化粧を落とそうとしていた私を、
「あの、奈津子さん」
と、吉田くんが呼び止めた。真剣な顔で私を見つめて言う。
「ご両親にも認めてもらえたことだし、近いうちに結婚しませんか」
「嫌」
即答すると、吉田くんは「また断られた……」と肩を落とした。がっかりしながらソファに座り込み、項垂れている。
「なんで駄目なんすか? プロポーズのときに指輪も用意できないような男だからですか?」
「違うって」
口を尖らせて自虐的なことを言う吉田くんが可愛くて、私はつい笑ってしまった。
「吉田くんが私と同じ歳になっても、まだ私のことを好きだったら、そのときは結婚してもいいよ」
彼は二十三歳だ。まだまだ若い。もしかしたら、この先、私よりも好きな人ができるかもしれない。素敵な女性に出会えるかもしれない。それに、恋愛や結婚だけが人生じゃない。今後、やりたいことができるだろう。結婚して家庭をもつことよりも熱中したい夢が見つかるかもしれない。自分のすべてを捧げたい仕事が見つかるかもしれない。私と一緒にいるより、幸せな自分になれる道がないとは言い切れない。そんな可能性に満ちた若い彼を、早々に結婚で縛りつけ、選択肢を奪ってしまいたくはなかった。今まで我慢してきた分、これからは自分の好きなように生きるべきだ。
たしかに、籍を入れたら少しは安心できると思う。彼は自分のものだと周囲の女を牽制できる。でも考えてみれば、結婚したところで浮気する男は結局浮気するのだ。不倫している既婚者なんて腐るほどいる。婚姻届のもつ力なんてたかが知れているんだから、焦って吉田くんを彼氏から旦那のポジションに押し込む必要はない。そもそも吉田くんが浮気するような男だとは思ってはいないし、万が一浮気したとしても、そんな男を選んだ自分が悪いのだと割り切れる。
「この先、どうなるかわからないし。結婚を決めるのはまだ早いよ」
すると、吉田くんは「俺のことが信用できないんすか?」と眉をひそめた。彼の幸せを考えたいからこその選択でもあったのだが、見方によってはそう思われても仕方がない。
「逆だよ。信用してるから結婚しないの。だって吉田くん、結婚しなくたって私をずっと好きでいてくれるでしょ」
信じられなければ、早々に彼を縛り付けているはずだ。恋愛というものは、恋人のことを信用しているからこそ、相手に自由を与えられるものだと思う。
「わかりました」吉田くんは納得してくれたようだ。「十年後、またプロポーズするんで、覚悟してくださいね」
「楽しみにしてる」
十年後か、と想像する。その頃には、私はすっかりアラフォーのおばさんだ。一方、彼は三十過ぎの男盛り。いつか捨てられるかもしれない、という不安がまったくないと言ったら嘘になる。それでも、彼の愛を信じたいと思った。その結果どうなろうと、後悔はしないでいよう。そう心に決めた。
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