団子よりクッキー

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団子よりクッキー

「『おおい! バナナを忘れたぞぉ!』ゴリラくんが、ノッシノッシと追いかけてきます。『わぁ、大変だぁ、走れぇー!』」  ジジッ……バチン 「「きゃー、こわいー!」」 「ママぁ!」 「「うわぁーん!」」  突然、天井の蛍光灯が短く点滅して、部屋の中が真っ暗になった。停電だ。 「「センセェー!!」」  子ども達の悲鳴が響き、泣き声が大きくなる。 「大丈夫、すぐ明るくなるわ」  そうは言ったものの、確信はない。少なくとも園長先生は、急ぎ戻ってきてくれる筈だけど。 「あ、そうだ」  胸ポケットから携帯電話を取り出す。ボンヤリと青白い光が周囲を照らす。  ひまりちゃんを抱えながら、残りの子ども達の元へと進む。女の子2人は、ぬいぐるみがペシャンコになるほど固く抱き締めて泣いている。 「みんな、先生に掴まって。先生も一緒にいるわ、大丈夫よ」 「「うぇーん!」」  女の子達が即座に飛び付いてきた。すぐ側で、滉輝くんだけが涙目で、ブルブル震えている。 「滉輝くんも、おいで?」  髪に手を伸ばすと、私の指先をギュッと握った。男の子だから、恐怖に耐えていたのだろう。いじらしさに胸がキュンとなる。 「偉いね。でも、我慢しなくていいのよ。みんなでくっついて、お団子ごっこしましょ」  滉輝くんは私の背中側に回って、小さな身体をピタリと寄せた。  ガタガタ揺れる窓枠の音に混じって、バタバタと重い足音が近づいてきた。 「みんな、大丈夫?」  園長先生が、駆けつけてくれた。片手にランタンを掲げている姿は、物語に登場する魔法使いのようだ。ランタンは、四角柱のガラスの上に傘が付いたアンティークなデザインで、中のLEDライトが明るく発光している。 「園長先生、ありがとうございます」 「あらあら、みんな怖かったわねぇ」  園長先生は、私達の様子を見ると目を細めた。部屋の奥から丸い木の椅子を持ってきて、ランタンを乗せる。その横に「よっこいしょ」と呟いて腰を下ろすと、エプロンのポケットから平たいものを取り出した。ふわり、芳ばしいバターの香りがする。 「さぁ、頑張ったみんなには、特別なご褒美よ」  彼女の手にあるのは、ネコの顔の形をしたクッキーだ。暗闇と風雨の音に怯えていた子ども達は、園長先生が繰り広げる魔法にすっかり魅了され、ネコさんクッキーを頬張る表情は柔らかく綻んでいる。こんな不測の状況下でも子ども達を落ち着かせるテクニックは、流石だ。 「なんのお話を読んでいたのかしら?」  彼女は、床の上に放り出された絵本を拾って、私に手渡した。 「はい、ブロックマンを……」 「あら、いいわね。滉輝くん、どんなお話か、先生にも教えてもらえるかしら」 「うんっ!」  口の周りを手の甲で拭って、彼は一生懸命にあらすじを話し出した。この絵本の内容(ストーリー)は、もう既に知っているのだろう。まだ読んでいないページの展開まで一気に語った。
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