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凍る心臓
ダンダン、ダンダン!!
「先生、うちの子が! まだ戻らないんです、先生! 笹倉先生!!」
割れんばかりにガラスのドアを叩いて、びしょ濡れの女性が長い髪を振り乱して叫んでいる。恐怖を感じながらも、私はドアの施錠を開けた。女性は冷え切った冷たい手で、私の両腕に掴みかかると、訴えを繰り返した。彼女の震えが伝わり、怯えた眼差しに射抜かれる。
「聞いているんですか、笹倉先生! うちの陽毬がいないんですよ! どうして、ここにいないんですかっ!」
取り乱した女性は、年少クラスのヒマリちゃんのお母さん。ブラウスもスカートも、ぐっしょり雨水を吸って、裾からの滴が止まらない。
「笹倉先生、園内のどこにもいません!」
廊下の奥から駆けてきた同僚の瑠璃子先生が、諦めた表情を滲ませる。
「お手洗いは? 閉まったままの個室は、ない?!」
「もう3回見ました!」
「下駄箱に長靴もないし……やっぱり……」
雨音が激しい。ガラスのドアの外では、滝状の太い白糸が、ひさしから幾本も流れ続けている。
「あの子に、待っていなさいって言ったのよ……! 今日は、お迎えが遅くなるから、ママが来るまで、ここに居なさいって……私は、ちゃんと言ったんですから!!」
膝から崩れ落ちながらも、私の両手に縋り付く。氷の如き掌は、私の心臓を直接鷲掴みにした。
「あの子、どうしていないんですか……預かってくださるって、言ったじゃありませんか!!」
雨音が、更に大きくなる。私を責める彼女の声すら掻き消すように。いや、雨音が私を責め立て、追い立てる。
「わ……私が、ちゃんと、確認していれば……ごめんなさい……」
冷え切った心臓が、涙を凍らせた。真っ青な唇がわななき――。
どこかで、なにかが弾ける音がした。
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