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被害と告白
「……あの時の」
開いた瞼から染み出した暗闇が、のっぺりと肌に纏わり付く。奥行きも広がりもなく、重くのしかかり、身動き出来ないまま閉じ込められていく感覚だ。
悪夢から意識が浮上するように、祈りながら深呼吸する。胸の鼓動が早い。ああ、苦しい。苦しい……。
ガタガタ……バリバリ……!
心太のように布団から押し出された。大きな異音は、陰鬱な楔を引き抜き、身体に力を与えた。こうしては、いられない!
枕元に置いた懐中電灯を手探りで掴み、音のした方へ足を運ぶ。
「母さん、照らして!!」
男性の声に瞳を凝らす。数m先で揺れているランタンの光が、心許ない。
「手伝います!!」
反射的に駆け寄った。本堂の奥の雨戸が外れていて、雨粒を含んだ突風が、断続的に吹き込んでいる。
「笹倉先生、ありがとう!」
園長先生に続き、剃髪に作務衣を着た男性が振り向いた。
「ここ、押さえれば、いいですか?!」
「お願いします!」
「はいっ!」
園長先生がランタンを掲げる。私は体重をかけて、風に暴れる雨戸を押さえ込む。住職さんも懸命に板を打ち付ける。
容赦なく暴風雨が叩きつけ、飛ばされそうになりながら、全員で力を合わせた。やがて、カタカタと恨みがましい呟きだけ残して、雨戸はがっちりと固定された。住職さんは、他にも外れそうな箇所がないか点検すると、はああーっと大きく息を吐いた。
「笹倉先生、ありがとう。貴女方いてくれて、本当に助かったわ!」
「ありがとうございます。僕達だけでは、もっと被害が出てました」
「いえっ! お役に立てて良かったです」
三者一様、疲労に安堵を溶かした笑顔で頭を下げ合った。
「すっかり濡れちゃったわね。公彦、あとはいいわね? 笹倉先生、戻りましょう」
「え、あの、でも」
「いいのよ。ここは、息子の職場なんですから」
「うん。大丈夫ですから。本当に、どうもありがとう」
少し強引に園長先生に促されて、居間に戻った。時間は、午前2時。ランタンを置いたちゃぶ台の横で、園長先生に渡されたタオルで髪を拭いた。寝巻きにしていたジャージも湿っぽかったが、じきに乾くだろう。
「はい、どうぞ」
ちゃぶ台の上に、湯飲みが2つ。立ち上る湯気の中に香る芳ばしさは、ほうじ茶だ。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは、こちらだわ。折角泊まってもらったのに、ごめんなさいね」
ほうじ茶を一口含んでから、労るような眼差しが私を捕らえた。
「怖かったでしょう……酷い顔色だわ」
「いえ……これは、あの、違うんです」
途端、涙が溢れた。ボロボロと……焦るのに、蛇口の栓を閉め忘れたみたいに止まる気配がない。
「もし外に出すことが役立つのなら、遠慮しちゃダメ」
タオルを握る左手を、柔らかい温もりが包み込んだ。吐き出してしまっても――いいのだろうか。
「私……殺してしまったんです……」
ずっと悔いている。身体の中に抑え込むことは、もう難しい。だけど、吐き出すことは、更なる後悔を生むことになりはしないか。弱くて卑怯な私が、また震える。
「年少の女の子を……延長保育だと分かっていたのに……!」
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