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死神
「貴方は一ヶ月後に死にます」
「はい……?」
男が振り返るといきなり、黒ずくめの男とも女ともつかない人物がそう言った。
「えっと……それ、僕に言ってます?」
一応確認をとってみた。黒ずくめの人物は何も答えない。昼間の街中ではあるが、偶然辺りには誰もいない。だから間違いようがないのだが、そうせずにはいられなかったのだ。
ドッキリかなにかだろうかと思ってみても、あいにく男はごく普通のサラリーマンであり、このような悪ノリをしてくる知り合いにも全く心当たりがなかった。このことについても黒ずくめの人物に聞いてみたのだが、やはり何も答えない。
「貴方は一ヶ月後に死にます」
何を聞いても返ってくるのは同じ言葉だけだった。これはあれだろうか、死神が迎えに来たというやつなのだろうか。格好からしてもそんな感じだし、そう思ったほうが納得できる。
「はあ……別に未練もないですけど。会社で地位が高いわけでもないし、家庭があるわけでもないし。僕の代わりなんかいくらでもいるでしょうし?」
沈黙。死神は何も言わなかった。溜息をつき、男は元のように歩き出した。何も言わない死神が後ろをついてくる。
あぁ……こういう感じね、と頭の中で呟いた。SNSでたまに回ってくる漫画にもこのような「死神モノ」がある。そのうちのパターンの一つに思いあたり、少し笑ってしまった。
それから男は余命一ヶ月と宣告されたにもかかわらず、いつもと変わらぬ毎日を送った。朝起きて、準備をして、会社へ行き、夜まで働き、帰りに酒とつまみを買って家でだらだらとテレビを見たり漫画を読んだりして過ごす。もうすぐ自分が死ぬことを拒絶する気はなかったが、許諾したからといって特別やりたいこともやらなければならないこともなかったのだ。ずるずる、ずるずると毎日を過ごして、ついに一ヶ月がたとうとしていた。
「一ヶ月後って言ってたけど……それって具体的にいつのことなんですかね?あの日から三十日後?三十一日後?何時、何分、何秒?」
と、子どものようなセリフを並べ立てて死神に聞いてみたこともあったが、死神は相変わらずなにも言わなかった。結局のところいつ死ぬのか、はっきりと分からないままなのだ。
明日がその「一ヶ月後」かもしれない。もしかするとこの次の瞬間が「一ヶ月後」なのかもしれない。不安とまではいかない何かを胸に抱えながら、男は今日も眠りについた。
「――って夢だったんだけどォ~」
「は?なにその話、ウケる」
昼休み、女子高生の他愛もないランチタイムトーク。教室の片隅で机をくっつけあって、3人の少女が会話に花を咲かせていた。
「真剣な顔で話し出すから何かと思ったし、ちょっとドキドキしながら聞いてたのにナニソレ、オチないの?マジメになっちゃったアタシの時間返してよ~」
「えりっちがマジメになることとかあんの?ウケるわ~」
「どういう意味だコラー!」
「い、いひゃいいひゃい、許してくださいえり様ぁ~!」
「はいはいストップストップ!ほっぺたつねんないの」
じゃれ合いが一段落し、話題は夢の話に戻った。
「で、それアンタはどのポジにいたの?サラリーマン?それとも死神?」
「いや~どっちでもないんだよね、それが。私はずっと2人についてるカメラマン、みたいな感じ?」
「お、おもんな~!アタシは夢の中でも『アタシ』だからそういうの全然わかんないわ」
「ウチもそんな感じ~ってかあんま夢見ないし~」
「アンタは記憶力とか悪そうだもんね……」
「え、なにそれ、ウケる。あ、そーいやフラペの新作行く?ほーかご」
「あーそれアタシも気になってた。行くわ」
「私も~!死んじゃったかもしれないオッサンの分も楽しまなきゃ!」
「いやどんな理由?んじゃ、そーゆーコトで」
昼休みはまだ終わらない。3人のおしゃべりはまだまだ続いていくのだった。
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