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腰に衝撃が走り顔を顰めた。元の人気の無いシアター・ロマンチカのペアシートにドサッと落とされたからだ。
「ちょっと落ち方が乱暴」
「だよな」
苦笑いをして見つめ合った私達は痛むお尻を摩りながら、逃げる為に映画館の扉を開けた。
外は涼やかな夜が始まっていた。走るスニーカーの足音に虫の音が合わさって耳に楽しい。入場券売り場にも外にもあの椿の簪の女性はいなかった。
手を繋いで鉄門を閉めて、私達はそこを後にした。
「ねえ、敦史、まだ時間、大丈夫?」
「うん」
「清水寺のライトアップ観に行かない?
夜の紅葉、まだ見た事なかったよね?」
「ああ。いいね、行こうか」
そんな私達の背中を見送る影があった。
足元にすり寄る猫にその人は言った。
「慰めてくれるのかい、いいこだね」
椿の簪の女は猫を抱き上げて頬ずりをした。
振り返った私はそれに気がついたけれど、わざと気がつかないふりをして敦史の腕に凭れた。
あの人はまた人間のふりをして、
誰かと誰かの愛を試そうとするのだろうか。
FIN
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