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古い洋館のようなシアター・ロマンチカはかつて造り酒屋だった建物を改築して作られていた。緑の蔦が縦横無尽に土壁を触手のごとく這い、そこだけ誰にも見つからずに年月を過ごしてきた小さな遺跡のように見えた。
きいと鉄門を軋ませながら押し開け、左に銀杏、右に紅葉を有する洋館の入口に落ち葉を踏みしめながら近寄ると、黒い襟付きで身体に沿うようにぴったりとしたワンピースに白い前掛けをした女が降り積もった黄と赤の美しい葉を竹箒を左右に振りながら掃除していた。後ろで丸く結わえた髪に椿の花の大きな簪が挿してあり、そこだけ異質な妖艶さを醸し出している。
「いらっしゃい」
齢は七十ぐらいか、私達が立っているのを認めた彼女は目を細めてじっと敦史を見て、それから、白髪混じりの髪であるのに、まるでうぶな少女のようにやんわりと微笑んだ。
「懐かしい顔だね」
まるで敦史の事を知っているように言う彼女が不思議で咄嗟に繋いでいた手を離して敦史に耳打ちをした。
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