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Chapter.0
学年が上がる前の春休みに、ネットで気になる記事を見つけた。
『好きな人にされたら嬉しい! 50のコト』
“好きな人”のワードを読んで浮かんだたった一人の名前に、少し厳かな気分になる。
その人の名前は、由上 蒼和さん。同級生だけど、尊敬の意味を込めてさん付けしてしまう、私の憧れの人。私なんかが好きになっていい人じゃないってわかってるのに、どうしても気になってしまう。
入学式のとき、ピンク色の派手な髪色と整った顔で注目を集めて以来、全学年、男女問わず人気者になったその人は、学校はおろかクラスの中でもモブに近い存在の私が恋い焦がれてもいいような人じゃなかった。
全校の女子生徒の間で毎年開催されている『好きな男子ランキング』で、学年別、学年総合ともに一位だったツワモノで、今年は開催史上初の二連覇を狙えるのでは、と噂されている。もちろん男子はその結果を知らないし、由上さんは知ったとしても気に留めないだろうと思う。
ちなみにそのコンテストは女子バージョンもあるらしく(もちろん男子が投票する)、男子版同様女子には結果が知らされないし、発表されたところで地味で凡庸な私には関係のないことだった。
男子の人気ランキング結果も男子には知らせてないけど、それをネタに話しかけたい女子が絶えず、上位の人は大体なんとなく知ってるらしい。
そういう理由で由上さんに話しかけてる女子との会話を(うっかり)聞いちゃったことがあるけど、由上さんの反応は薄く「へぇ」とか「ふぅん」とか、簡単な相槌しか返ってきていなかった。それがまた“かっこよさ”に拍車をかけたようで、話しかけた女子たちがキャアキャアしてた。一緒にいた男子にからかわれた由上さんは、薄く苦笑いを浮かべてた。
私はそこから少し離れた自分の席で、(さすが由上さん。浮ついたりしてない)なんて謎の誇らしさを抱いていた。
私のような地味眼鏡文系女子なんて、同じ時代、同じ年代、同じ地域に生きているだけで幸せだ、とまで思う。
“好き”だなんておこがましい。一番近い形容詞は“ファン”かな? と思う。それでも自分の感情にすっぽり当てはまる表現は見つからない。
ひとつわかるのは、確実に“尊敬”してるってことだけ。
なにもなくても脳内で簡単に再生できる由上さんの姿を反芻しながら、ネット記事を読み始めた。
丸印に囲まれた“1”から“50”の番号が振られた【嬉しいコト】の大項目とその説明や体験記が掲載されている。指をすべらせスマホの画面をスクロールさせつつ、ふんふん、ほうほうと小さくうなずきながら、(いいなー、してもらえたら嬉しいなー)と妄想しながらニヤニヤしてしまう。
そんな中(わかる! 嬉しいよね!)と共感できるものがあった。それが妙に嬉しくて。
(キモイかもだけど……)
机の上、ブックスタンドに立ててあるルーズリーフの手帳を一冊、取り出した。記事に書かれた50個の項目をノートにリスト化して書き写していく。
□必ず挨拶してくれる
□開かないフタを開けてくれる
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こんな感じで50の項目分を書き写したノートは、良く見る『夢が叶うノート』みたいで、一生に一度しかない(と思いたい)高校二年生の一年間で、どのくらいの項目が体験できるか、確かめてみたくなった。
難しいのは重々承知の上で、全部のリストにチェックすることを目標に、頑張ってみようと決めた。
対象者はもちろん、由上蒼和さんだ。
不安と心配だらけの新学期が少しだけ、楽しみで待ち遠しくなった。
春休みが終わるまでの間、すでにチェックを入れた由上さんとの出来事を思い出してはにやける私の青春は、案外悪くないんじゃない? って感じる。
由上さんには一生片想いなんだろうけど、それでも……恋って、素敵だと思えた。
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