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Chapter.1
ずっと憧れていた音ノ羽学園の合格通知を受け取ってから、アレコレ試行錯誤していた。
しかしどうやっても“高校デビュー”できそうにない。
あきらめて後ろでくくっていた髪をおろして、手ぐしで整えた。鏡を片付け、眼鏡をかける。ぼやけた視界の片隅に見えていた封書を手に取って、そっと撫でた。宛名は“天椙光依那”。私だ。
学校名がプリントされたその封筒を見るたび、嬉しくてニヤけてしまう。
封筒の中からオープンスクールのときにもらった学校案内のパンフレットを取り出して開いた。
公立なのに校風が自由なことで有名な音ノ羽学園は、他県から通う生徒もいる人気校。偏差値も倍率も高くて、この学校に入ろうと決めたときからものすごく頑張って勉強した。
ママにもパパにもおねーちゃんにも合ってないんじゃないかって心配されたけど、きっと大丈夫だからって押し通して受験させてもらった。
だから推薦してもらって合格できたときは、すごく嬉しかった。
地味な私だけど、この学校に入ったら変われるキッカケになるんじゃないかって、そんな期待もしてる。
言うだけじゃなくて実行に移さなきゃ。入学前に少しでいいから自分を変えよう! そう思って鏡を出して……ふりだしに戻るって感じ。
一時間前の姿と変わらぬ自分にため息をつきながらパンフレットを眺める。
オープンスクールのときに見た先輩たちもパンフレットに載ってる人たちも、みんなオシャレでオトナっぽくて素敵で……自分もそうなれるんじゃないかって淡い期待を抱いていたのだけど……合格して付いた自信と、見た目に関するそれは関連がなかったみたい。
(いいんだ。焦らず着実に頑張ろう……)
100円均一ショップで買ったいくつかのヘアアクセをポーチに入れる。メイクすれば変わるかなと思って悩んだけど、不器用だからとやる前にあきらめた。
100均帰りに本屋に寄って、使わなかったお小遣いで好きな小説家の文庫本を買った。単行本は高くて買えなくて、文庫化をずっと待ってたから嬉しい。
机の上を片付けて、ベッドに寝ころび文庫本を開く。待望の新刊は面白くて止まらなくて。ラストまで一気読みしたらあっという間に時間が過ぎていた。
やっぱり私はおねーちゃんと違って、こういうことに時間を使うのが好きだ。
ママに似てオシャレで明るくてモテるおねーちゃんは、私がこうして本を読んだりしている間にメイクだったりヘアスタイルだったりファッションだったり、自分に似合うものを模索してるはず。
見つけた成果で可愛くなった自分を写真や動画で撮影して、SNSにアップしてるみたい。私はそれらをダウンロードすらしていない。
パパに似て地味でおとなしい私とは人種が違う。
一緒に歩いてても「えぇ? 姉妹なの? 似てないわねぇ」って近所の人にいつも言われて、いつもする愛想笑いだけが上手になった。何回言われても変わらず傷つくその“悪気のない言葉”が呪いのように重くのしかかっていることを、私以外は誰も知らない。
文庫本を本棚に入れて、机の上からパンフレットを取った。
表紙に載っているオシャレな男女。卒業までの三年間で、こんな風に誰かと並べたら……そういう相手ができたらいいなって考えてたら、階下からママの声が聞こえた。「ごはんよー」
いつかできるかもしれない好きな人と並んで、お似合いねって言われるような、そういう人になりたいな。
ささやかで大きな目標を胸に、部屋を出て階段をおりた。
* * *
あっという間に入学式の日。中学から変化したのは制服だけの私は、ママと一緒に電車に乗って学校へ向かう。
「うちのほうから通うコ、少ないのかしら」
車内を見渡してママが言う。
「そうだね。あんまり見ないね」
「私服だからわからないだけ?」
「式典は制服で、って決まりになってるみたいだよ」
「あら、そうだっけ」
合格通知と一緒に入っていた案内を思い出すように、ママが頬に手を当てる。それでも思い出せなかったみたいで、その会話はそれで終わった。
電車に揺られて15分。学校の最寄り駅に到着する。
『音ノ羽学園前、音ノ羽学園前です。お出口は、右側です。』
音声アナウンスと同時に、ママと一緒に立ち上がる。ホームに降りると、同じ車両では見かけなかった同級生らしき人たちが数人、保護者と一緒に歩いてる。
元は同じ制服だけど、みんな微妙にアレンジしててオシャレに着こなしてて、無意識に見つめてしまう。
(そうそう、そういうの、いいよね)
着崩すセンスもないからただ指定通りに着るしかなかった私は、つい自分を他の人と比べてしまう。そもそも髪型とか色とか、履いてる靴からして違っていて、校の敷地内に入る前からわかる。
(あぁ、これは、私は完全にこの学校で一番地味な人になるな)
「じゃあママ、保護者受付行くわね」
「うん」
「気を付けて行ってらっしゃい」
「はーい」
ママと別れて、玄関口に貼り出されているらしいクラス分け表を見に行く。
中学が一緒だったのか、登校初日なのに誰かとキャッキャしてる人もいる。
うちの中学からも入学した人がいるらしいけど、面識がないから本当にいるのかがわからない。わかったとしても、面識がないんだから一緒にはしゃいだりできないけど。
自分の名前をすぐに見つけて、クラスを確認。教室に行こうと振り返った目の前を、男子生徒が通りかかった。
視界の端に見えたその色を、思わず二度見する。
ブレザーの制服を着崩さず規定通りに着用しているその身体は細身でスタイルがいい。前髪が少し長くて目にかかっている。その色は綺麗なピンク色。端正な顔立ちと白い肌に、良く似合ってる。
でもピンクは珍しいんじゃないだろうか。
思わず見とれていたら、その男子と目が合った。ばちり。
その瞬間――恋をした、なんて一言でまとめたくないほどの衝撃。この気持ちを、なんて表現したらいいのだろう。
少しの間ポゥと見つめてしまい、通路をふさいでいたことに気付いてそそくさと移動する。
私みたいな人はたくさんいて、女子たちは皆一様に瞳を輝かせていた。
(すごい……さすが音ノ羽)
学内にある芸能コースの生徒かと見まごうほどに整った顔立ちとスタイルのその人は、一気に集めた周囲の視線を背に、校舎へ消えていった。
(同じクラスだったりしないかな)
きっと誰もが抱いたであろう期待を胸に教室に入るけど、残念ながらその人はいなかった。
SHRが終わって入学式の会場である体育館へ移動するために、わかりやすいようにと、席順と同じく男女に分けて50音順で廊下に並ばされた。“あますぎ”の私は、いつも先頭集団。これまでは1~2人は前にいたけど、今回のクラスは私が先頭だった。
少し先、隣のクラスの男子列後方に、ピンク色が見えた。
(あ……)
隣のクラスだったんだ、と思う。
彼は周りの人と同じように誰とも喋らず、少しつまらなさそうに立っている。 ゆるやかに進み出す生徒の列、一定に保たれた距離。一瞬しか見ていないのに覚えてしまった顔。何かが動き出してくれないかな、なんて受動的な期待。
ただ願っているだけ、歩いているだけでは叶うはずもなくて、体育館に入ってクラス毎に横並びになると先頭と後尾に分かれ、ピンク色は見えなくなった。
決められた通りに式は進み、そして終わる。
また列になって教室に戻るけど、来た時とクラスの並びが逆になって、彼の後ろ姿を追うこともできなくなった。
先生に着いて教室に入る。
着席して自己紹介しあったり、今後の学校生活の流れを聞いたりして、無事登校一日目が終わった。
まだ陽が高い中、新入生たちがぞろぞろと下校する。中にはすでにできた友達と一緒に帰るコもいる。私は……やっぱり少し、打ち解けられなくて、一人で桜並木の中を歩いた。ママは保護者説明会に参加してから帰るらしい。
(あ)
前方に、ピンクの髪。
男女数名に囲まれて、楽しそうに桜並木を歩いている。
(すごい……)
私とは正反対。きっと社交性が高い人なんだ。
目の前の集団を見るだけでわかる。私は、彼らとは違う人種なんだって。
名前も知らない彼はきっと、ただ見つめるだけで終わってしまう存在なんだろうな、なんて思う。
憧れの存在すらいなかった小中学生時代よりは楽しい学校生活になりそう……かな。それだけが唯一の救いになるんじゃないかな。
駅に入って軽く探すと、ピンク色の彼の集団は私とは反対方向の電車が停まるホームで楽しそうに笑いあっていた。
やっぱりそんな、“偶然”とか“奇跡”なんて形で幸運が降ってくるわけじゃないんだな。そんなことを思いながら、ホームに入ってきた電車に乗って家路についた。
四月の爽やかな青空に映えるピンク色は、とてもまぶしくて印象的だった。
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