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視覚から一気に持っていかれそうになるのを、今まで培ってきた鉄壁の理性となけなしのプライドで堪える。
ぐんと質量を増した屹立に、けほけほっと海月が噎せた。
「ほら、無理だろ? 」
「無理じゃ、ない……ものっ 」
黒目がちで大きな瞳に限界まで溜まった涙がポロッと落ちて、理紫はギョッとする。同時に、いつもなら素直なお姫様の頑固な態度にも違和感を覚えた。
「どうしたの? 何かあった? 」
「何かって、理紫が…… 」
「いや、そうなんだけど違くて 」
乱れた海月の長い髪を後ろに梳きながら、指で涙を拭うと、すんと鼻を鳴らしてその手に頬擦りしてくる。
その行動の愛らしさに、下腹部に集まった熱が身体を火照らせる。
……あほか、俺は。でも、クッソ可愛い! 可愛いけど、今は駄目だ!
許されるなら、何も考えずにこのまま押し倒して、ひん剥いて、啼かせてやりたい。本能の赴くまま、抱き潰してやりたい。
大体、どんだけお預けくらってると思ってんだよ。
目の前の狼が、元はと言えば自分のせいのくせして自分勝手にそんなことを考えているとは知らず、赤ずきんは更に煽る様なことを言った。
「私から、キスしたよ? 理紫の……、にも。無理じゃないから、もっと出来るから…… 」
ハラハラと零れ落ちる涙。縋る瞳に喉の奥から熱い熱が込み上げ、ゴクンと鳴る音を隠せない。
「ねぇ、面倒臭いとか思わないで 」
「そんなこと、思ってないよ 」
「嘘。私、知ってる 」
「知ってるって、何を? 」
言っていることが要領を得ない。早く、押し倒して可愛がり倒したい気持ちが、理解出来ない自分を苛つかせる。
「ごめん、なさい 」
「だから、何が? 」
「私、理紫が初めてで、ごめんなさい 」
はぁ?!
理紫は上げそうになった声を、すんでのところで堪えた。
何を言い出すんだ、このコは?
ぐるぐると思考が廻る。
今度は何だ? 海月は何故、こんな明後日なことを言っている? 俺がまた何かやらかしたのか?
さっぱりもって、何を言われているのか分からない。だらだらと嫌な汗が流れる。
いつの間にか、自分が怒っていることも忘れて、宥める様な声で海月に聞いていた。
「あ、あのね、みぃちゃん? もうちょっと、俺に分かる様に話して 」
「だって、私、どうしても緊張しちゃうんだもの 」
「分かってる、それは分かってるから 」
恥じらう仕種、堪えるあまい声。あんなことを言ったけれど、それが海月で、そこがまた可愛くて堪らないのに。
そして、まさか……と、浮かんできた愚にもつかない考えに思わず低い声が出る。
「……そんな筈、あるか 」
そうであっても、今更後悔していたとしても許さない……。
理紫はため息に似た深呼吸を1つすると、「あのさ、確認していい 」と海月に聞いた。
掴まれた両肩に、ビクッと海月の身体が震える。
「海月は俺が最初で嫌だった? 」
「最初……、嫌……?」
キョトンとした海月の瞳が、理紫の言葉を正しく理解した途端、るるるーーと涙の量を増やした。
「……っ?! 海月っ? 」
焦った理紫は衝動的に海月を抱き締める。
「嫌なのは、理紫の方でしょうーー? 私のこと面倒臭いって……っ 」
「はぁっ?!! 」
理紫は今度こそ我慢が出来ずに、素頓狂な声を上げた。
「そんなこと思う訳ないだろうっ?!」
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