【生贄】の少女

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【生贄】の少女

「貴方の役目を決して忘れないように」  毎日変わらない、お母様の言葉。    頭を下げて、口を開く。私が返す言葉も、いつも決められていた。 「はい。お母様」  いつも忙しくしているお母様と、朝学校へ行く前に交わすのは、この二つの言葉。顔を上げると、お母様は家の奥へと消えていくところだった。  習慣が済んだら、それで終わり。いつも決まっている朝に、変化は訪れない。  いつも通り、私はそのまま背を向けて、玄関の戸を潜った。 「いってらっしゃいませ」 【使用人】の声が背後から聞こえる。私は振り向いて、その声に答えてから、静かに戸を閉めた。 「いつものことだけど、笑顔一つもないんだから」 「無表情で、無感情で。人形みたいよね」 「何を考えてるか分からないなんて、不気味だわ」 「まぁでも、あの役職で、考えを持たれても困るけどね」  閉めたばかりの戸を隔てた先から聞こえてくる【使用人】の声に、一瞬、足を止めてしまう。  お母様には表情も、感情もある。だからきっと、私に向けられた言葉。  こういうことは、毎日ではない。けれど、変化とは言いづらい、むしろ、よくあることだった。聞き慣れた言葉だった。  自然の空気を吸って、息を吐き出す。  誰にも言われていない、秘密の習慣を終えて、私は学校へと向かった。 *  チャイムが鳴ると、すぐに授業が終わり、クラスメイト達は喋りながら次々と教室を出ていった。  ゆっくり教科書を机の中に仕舞い、教室を見渡して、廊下に視線を向ける。  いつも、私一人が教室に残される。決められている事なのだと思う。それが誰に指示されたものか、考えなくても分かっていた。  しばらく窓の外を眺め、壁を隔てた先にある廊下の喧騒が少し収まってから、私は教室を出た。廊下に残っていた三人のクラスメイトは、私を目にして表情を変え、足早に去っていった。  ロッカーを整理し、移動教室に向かっている途中、予鈴が聞こえた。だから私は、少し歩みを早めて、急いだ。  廊下の角を曲がった時だった。突然、視界の中に、少女が飛び込んできた。
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