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 ここは一体どこだろう、とノアは思った。すでに一時間と三十分、自分で車を運転しているのならまだしも、ずっと荷物のように抱えられて通り過ぎる景色をただ眺め続けている。ノアを抱える大男は、身長は二メートル五十センチでその太腿も二の腕も丸太を思わせるほど太く硬いのだが、ノアの他にもう一人抱えているにも関わらず、木々をなぎ倒し川を飛び越え鬱蒼としたジャングルを軽々と走る。信じられないスピードだ。しかし感心している場合ではない、もし少しでも逃げ出そうしたならば即座に捻り潰されるのは明白だ、ノアは大人しく大男に運ばれるより他はなかった。参っちゃいましたね、ノアは小声でもう一人の被害者に声をかけた、が返事はなかった。もう一人の被害者はすでに白目を向いて口から舌をぶらぶらさせて事切れていた。  西暦二一二一年九月。南米はアマゾンの奥地、人類を寄せ付けないその土地に、ある自然調査団が無人探査機で地中の成分を調査していた。すると地底の洞窟にて巨大な人影を撮影することに成功し、ビッグフットの発見か、とニュースになった。ほとんどの人たちは懐疑的に受け止めた。月面上に宇宙ステーションを築き始めたこの二十二世紀に今更UMAが発見される訳ないだろう、という考えが主流だった。しかしその映像に捏造した形跡が見られないことと万が一の事態を考え、ブラジル政府は軍用ヘリを飛ばして真相を確かめることにした。あわよくば捕獲して世界中から観光客を集めるという腹案もあった。  ところが計画はすぐに最悪の結末を迎えることとなってしまった。ヘリが撮影場所に近づいて高度を下げ始めたその時、突如森の中からものすごい勢いで岩石が飛来しヘリの土手っ腹に風穴を開けた。岩石の直撃とヘリの炎上・墜落で半数の乗組員が死亡した。上手くパラシュートで脱出した者は着地してすぐに銃を構えて見知らぬ敵に立ち向かおうとしたのだが、森の中から風のように現れた大男により叩き潰されて肉塊になった。時間にして三分もかからない、あっという間の出来事だった。運良く無事だったノアは瓦礫に紛れてやり過ごそうとしたのだが、大男に目ざとく見つけられて拉致された。大男がビッグフットなのかどうか、何の目的で攻撃を仕掛け、そしてノアをどこに連れて行くつもりなのか、未だ何も分からないままだ。  いい加減退屈になってきた頃、大男はぴょんとひと跳ねしてそのまま地面に開いた穴の中に飛び込んだ。真っ暗な急斜面をほとんど落ちるように滑り降りると、体育館ほど広い空間に到達した。ドーム型の空間は壁面いっぱいにぼんやりと青白い光が散りばめられて星空のように思われた。よく見れば光っているのはキノコだった。そして光に浮かび上がるいくつもの人影、どれもこれも三メートルに迫るほどの大きさで、ノアは大男の巣に連れてこられたのだと直感した。  大男に放り投げられてノアは尻もちをついた。死体の方はすっかり血が抜けきってゴム人形のようにへたっている。 「少し待て。我らが長を呼んでくる」  ここにきてようやく大男が口を開いた。少し変わった英語だったが言葉が通じると分かったノアはその背に向かって声をかけた。あなたたちは何者ですか。 「『インディアン』だ」  大男は口角を上げた。
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