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 ノアは地面に腰を下ろして『長』とやらを黙って待った。周りを大男たち数十人が囲んでいる。彼らは獣の皮や植物を編んだ布切れを肩や腰に巻いている。ボーリング玉ほどの岩をもてあそんでいる者もいる。凄まじく緊迫した空気に包まれていた。咳払い一つでもすれば、一度でも脚を組み替えたのなら、乱れた髪の毛一本でも整えたのなら、直ぐにバラバラにされてしまう感じがした。あの大男は自分たちをインディアンだと名乗っていた。インディアンといえばアメリカ大陸の先住民のことであり、二十二世紀現在ではネイティブ・アメリカンなどと別の名で呼んだりするが、本当なのだろうかとノアは思った。アメリカ大陸にこんなに恐ろしい先住民がいたなんて聞いたことがない。  壁にはいくつかトンネルが掘られていたが、その内の一つから先ほどの大男が現れた。そしてそのすぐ後ろにはもう一人、身長は二メートル前後と少し低いが、鳥の羽で飾った帽子と幾何学的な模様のポンチョといういかにも『長』という格好の人がいた。女性だった。 「首長のスゥだ。よく来た、地上の人間よ」  ゆっくりと、澄んだ声が洞窟内に反響した。特別大きいわけではないし威圧的というわけでもない、しかし聞く者に「この人の話に耳を傾けねばならない」「きっと聞かなかったら後悔する」と思わせるような、そんなカリスマのある人間の声だった。差し出された手をノアはごく自然に握り返した。気が付けば周りの大男たちはみな跪いている。  首長はノアの目の前に腰を下ろした。 「あなたがここに連れられた経緯については先ほど報告を受けた。地上の人間よ、心中をお察しする。しかしこちらにも事情があってな、混乱しているところ悪いが地上のことについて話を聞かせてほしい」  何について話せばいいのか、とノアは聞いた。 「可能な限り全てを、だ。我々についてはその後で教えよう」  ノアはUMA発見のニュースからヘリが撃墜されたところまでを話した。それから自分の名前と今が西暦二一二一年であることと先ほどあなたたちがインディアンだと聞いたことと地上では現在インディアンをネイティブ・アメリカンなどと呼んでいることも追加で話した。とりあえずここまでで質問は? 首長はゆっくりと目を開けた。 「UMAにネイティブ・アメリカン、か。相変わらず白人というのは勝手なものだな」首長は全く動じなかった。 「あなたがさっき聞いたように、我々はあなたたちが言う『インディアン』で相違ない。今から五百年ほど前、海を渡ってやってきた白人たちがこの大陸を手に入れようと暴虐の限りを尽くしたのだ。我らの先祖は故郷を追われ、逃げるように南下してこの場所へとたどり着いた、そう伝え聞いている」  屈強なあなたたちが白人に負けたなんて想像できない、とノアは言った。 「我々の先祖は貧弱だったのだ、今のお前たちのようにな。それに負けたのではなく身を隠していたと言ってもらおう。我々にとって戦いはまだ続いている。『時期が来たら白人と戦え』我らの先祖は怨念と共にそんな言葉も残している」  時期とはいつか。 「我々の存在が白人に知られた、その時だ」  準備ができ次第、地上へ進軍するのだと首長は言った。
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