越境

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 アクセルを踏んで山道を進んでいると、車のなかから嗅いだことのない匂いがしてきました。  様々な花を混ぜたような甘く苦く深い匂いです。バラ、シクラメン、ヒヤシンス、スイセン……。いろいろな匂いが混じり合っています。こんな匂いを僕は山奥で嗅いだことはありません。  それから何故だか悲しい気持ちになってきました。理由は全く分かりません。両側に抜ける旧道の景色が胸を重く引っ張るのです。昔よく遊んだ遊園地の廃墟を見ているような、虚しさと懐かしさが入り乱れた寂しさです。  △△の集落を過ぎ、県境を越えて「※※県」へ入りました。そこから国道を進み、見たことがない景色の町を抜けていきます。次第に都会になり、また少し田舎になりました。 『目的地です。運転、お疲れ様でした』  海沿いの街の知らないお店の前で、僕のスマートフォンからそう流れました。とても長いドライブで目的地へ着いた時には日も暮れかかっていました。
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