151人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
3話:ストレス
入会から2週間、僕は早くも壁にぶち当たった。
「……減らない」
入会後1週間くらいは順調に落ちた感じがあった。でもこの1週間は変化がほぼない。主に汗をかいた分減って、水分取ったら戻る感じだ。
「減りませんね」
箕輪さんも首を傾げている。タブレットに表示されるグラフはほぼ横に水平だ。
「最初は順調でしたし、まだ停滞期という感じもしないのに」
そう言って、箕輪さんは僕をカウンセリングスペースへと呼んだ。
細かな相談や悩みを聞くためのスペースではあるけれど、オープンな場所だ。でも案外音が大きいから他の人に聞こえる事ってない。僕も他の人がここで話してるのは見たけれど、声が聞こえた事はない。
「平日に週3回これていますから、運動面は問題ないと思うんです。原因があるとすると食事面なんですが……何か思い当たる事はありますか?」
そう言われても、いつも通りだと思う。
首を傾げる僕に、箕輪さんがにっこりと笑った。
「今日は何を食べましたか?」
「え? えっと……朝起きてクリームパン2つとお茶を飲んで、お昼はコンビニのおにぎりと唐揚げ、プリンを食べました。夜は軽くうどんを食べてからここに来ています」
「間食、してますか?」
「え?」
えっと……したかも?
「何を食べましたか?」
「あ……クッキー」
「いくつ?」
「2枚入りの袋が、えっと…………4つ?」
「……多分、休日はもっと食べていますよね? 甘い物」
「うっ」
そう……だったかも。
思うとアワアワした。何せ無意識なのだ。
箕輪さんは苦笑して、うーんという顔をする。困らせているのが分かると申し訳なくなって、なんだか落ち込んでくる。俯いた僕は気持ちも小さくなってしまった。
けれどそんな僕の肩を、ポンと箕輪さんが叩いた。
「そんなに落ち込まないでください。大丈夫、力になりますから」
そう、とても優しく笑ってくれる。
なんだろう、このほっこりと温かくなる気持ち。見た目が好きだったのは認めるけれど、それだけじゃない。優しさとか凄く嬉しくなる。なんか……なんか……。
「えっ、相沢さん!」
「あっ、えっと……すみません僕、なんか……」
気づいたら目がウルウルしていた。まだ零れてはいないけれど、瞬きしたら零れてしまいそう。僕は気づいてしまった、寂しかったんだと。
辺りを見回した箕輪さんが、そっと僕の手を引いてくれる。そうしてついて行った先は相談用の個室。より深刻な悩み相談とかで使うらしく、プライベートが守られている。ドアには窓があるから外から見えるけれど、覗こうとしなければ見られない。
そこで僕は、箕輪さんにギュッと抱きしめられていた。
「あの、落ち着いてください。どうしたんですか?」
温かい。それに、凄く頼りになる。みっちりとした胸筋に顔を埋めていると落ち着いて、そうしたら余計に涙が溢れてくる。箕輪さんは少し焦ったみたいだけれど、しばらくそうしていてくれた。
「すみません、僕……あの、嬉しいなって思ってしまって」
「嬉しい、ですか?」
ようやく落ち着いて離れられた僕は対面に座っている。水を飲んで、ポツポツと話し出した。
「箕輪さんが”力になります”って言ってくれたこと。そういえばこんな事、言われたことなかったなって」
「そんな! いないんですか? ご両親や友人は」
「両親は仕事ばかりで疎遠で、大学くらいからは連絡も取っていなくて。友人も……力になるなんて言える程強い人はいなくて。どっちかと言うと僕と同じく、誰かに助けて欲しい人達ばかりだった気がします」
そうだった。もう随分昔な気がしているし、いい大人で自分で生活できているから忘れていたんだ。僕は、とても弱いんだ。
「あの……もしかしてなんですけれど、ストレスが甘い物に行っていませんか?」
「え?」
「甘い物を食べている時、幸せですよね? 他に幸せな時って、ありますか?」
「え? あ…………れ?」
本を読むのも好きだったはず。ゲームも昔はしていた。でも今は……ここ数年はしていただろうか。昔みたいに、楽しんでいただろうか。
箕輪さんは気遣わしい顔をする。僕はなんとなく行く場所を間違えている事に気づきだしてしまった。
「あの、病院ですよね、これ」
言いながら凄く気分が落ち込んだ。これが酷くなったら鬱じゃないのか。過食の気もあるんだ。
でもそんな僕の手を、箕輪さんがギュッと握った。
「相沢さん、秘密レッスンしませんか?」
「え?」
秘密、レッスン?
僕が首を傾げると、箕輪さんはしっかりと頷いた。
「俺の実家、昔は小さなジムやってたんです。今は閉めてますけど、マシンとかは俺がちゃんと点検して使えます。そこで良ければ食事とかも指導しますから」
「でもそれは、ご迷惑じゃ」
不安になって伝えたら、箕輪さんは明るい表情で笑った。
「土日はバイトもいて俺休みですし。それに、力になりますって言ったばかりですよ」
「あ……」
本当に力になってくれるんだろうか。いいんだろうか、甘えて。
僕はまた目頭がジンとしてくるのを感じて、箕輪さんは笑って抱きしめて背中をポンポンしてくれる。これが凄く落ち着いて、僕はしばらくそうしていた。
結局この日は殆ど運動はしなかったけれど、僕の気持ちはずっと軽くなっていた。そして箕輪さんと、土曜日の午後の約束をした。
最初のコメントを投稿しよう!