5話:追加レッスンで

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◆◇◆  土曜日、僕は待ち合わせの店で箕輪さんと会った。今日は川沿いを散歩しながら帰りに買い物をして、夕飯を作る事になっている。外は秋めいて、ちらほらと街路樹に黄色や赤が見え始めていた。 「こんにちは、相沢さん」 「こんにちは、箕輪さん」  動きやすく、でも身体を過度に冷やさない格好で。待ち合わせの店は低カロリーなお弁当を扱っている弁当屋さんだった。  そこでお昼ご飯と飲み物を買い、のんびりと歩き出す。秋の景色は僕の目にキラキラして映った。 「そういえばこの間、薬局の人に痩せました? って言われました」  報告をすると、箕輪さんは嬉しそうに笑った。 「本当ですか! よかったですね、成果が見えると俄然やる気になりますよね!」 「はい! これも箕輪さんのお陰です。最近身体が軽いというか、フットワークも軽い気がします。前は階段とか凄く嫌だったのに、最近はそこまで苦じゃないんです」  駆け上がらなくても大丈夫、一歩ずつ登ればいい。回りに流されずに自分のペースで。そういう余裕が出来た気がした。  箕輪さんは嬉しそうに微笑んでくれる。その笑顔がとてもキラキラして見えて、僕は恥ずかしくなってしまった。意識するとやっぱり落ち着かないのだ。  あの日、箕輪さんはマッサージのついでのように僕に触れてイカせてくれた。箕輪さんの事が好きになり始めていたから衝撃だったけれど、嬉しくもあった。けれど冷静になるとどうしてそうなったのか、謎状態でもあるのだ。 「あっ、でも聞いてください! ぽちゃっとしてる方が癒やしだったのにって言われたんですよ! もう、どっちなんでしょうか」 「あははっ。でも、分からなくはないです」 「え?」 「柔らかい相沢さんも、魅力的ですから」 「っ!」  心臓がドキリとする。その後はドキドキが収まらない。そういえば箕輪さんって、柔らかい手触りが好きなんだっけ。  ……えっ、それって痩せたらどうなるの?  別の意味で心臓が痛くなった。彼のお仕事としては痩せないのは問題があるけれど、でも……痩せるほど彼の好みから外れてしまうのでは?  いや、好みって最初から眼中にはないだろうけれど。そもそも僕、男だし。それに……男の人が好きだし。知られたらきっと側には居られない。こんな風に、会ってもらえなくなる。 「相沢さん?」 「あっ」  何度か呼ばれていたのだろうか。心配そうに目尻を下げた箕輪さんに、僕は笑った。 「すいません、ちょっと考え事してました」 「悩みとかですか?」 「いいえ、そんな! 今日の夕飯、なにかなって」  誤魔化した僕に、箕輪さんはにっこり笑った。 「ハンバーグを作ろうと思います」 「ハンバーグ! いいんですか?」 「はい。ただし豆腐を混ぜて作る豆腐ハンバーグです。味はデミグラス、ポン酢……俺、照り焼きソース好きなんですよね」 「分かります! 僕も好きです」 「本当ですか? では、少し子供っぽいですけれど照り焼きソースにしてみますか?」 「はい、楽しみです!」  いつまでもこの時間が続けばいいのに。その為ならこの気持ちは、そっとしまっておけるのに。  僕の願いはいつまで叶えられるのだろう。途端に、痩せたくなくなってしまった。  適当な所でお昼を食べて、帰り際に買い物を一緒にして箕輪さんの実家に行った。今日はジムのある一階ではなくて住居である二階に。簡素で片付いた感じだけれど、生活感のある家だった。 「では、一緒に作りましょう。覚えて作ってみてくださいね」 「はい」  用意されたエプロンをつけて二人でキッチンに立つ。少し古い形だけれど二人並んでも窮屈ではなかった。  豆腐の水抜きをして、粗めに解して挽肉と混ぜていく。この挽肉と鶏に変えるとつくねっぽくなるそうだ。 「相沢さん、けっこう手際がいいですね」 「これでも一人暮らしが長いので、一応は作れるんですよ。今では休日しか作ってませんし、簡単なものばかりですが」  食べるのが好きだから作る方も頑張っていた。それを一時忘れたけれど、最近はまた作っている。とても簡単だけれど。 「いい事だと思います。ダイエットで一番大変なのは食事なんですよ。自分で作らない人も多いので、そうなるとカロリー計算が大変だったり、味が単調になって飽きてしまったり」 「そうなんですね」 「本当は調理とかも教えたいと思うんですが、流石に範囲外なので」 「そうですよね」  あくまで運動の指導を行いアドバイスをするのが箕輪さんの仕事だ。これは、本来は業務外なのだ。  それでも教えてくれる事に特別感を得ているのは、僕の思い込みだろうか。また、心臓がキュッとしてくる。  ハンバーグが焼けて、照り焼きソースをかけて出来上がり。野菜が苦手な僕の為に、箕輪さんはきのこのソテーを作ってくれた。これも低カロリーで栄養満点なんだそうだ。 「いただきます!」  二人で食べて、美味しくて笑った。 「美味しいですね」 「はい、美味しいです!」 「このお米、少し普段と違うと思いませんか?」 「え?」  そういえば違う。なんだろう、癖はないけれどお米とは違うシャキシャキ感が少しあるような? 「これ、カリフラワーなんですよ」 「え!」  カリフラワーというと、ブロッコリーの親戚みたいな?  でも、嫌な感じはしない。あまり癖もない。噛み応えも多少あって、照り焼きと合う。 「低糖質ダイエットとかで好む人が増えています」 「そのダイエット知ってます。効果あるんですか?」  ちょっと気にはなっているが、デキるとは思えない。箕輪さんに聞くと、ちょっと難しい顔をした。 「極端になるとダメですね。糖質は身体を動かすエネルギーですから、取らないわけにはいかないんです。全部抜くと身体がエネルギー不足になって、今度は筋肉を分解してエネルギーにしてしまうんです」 「え!」 「なので、お仕事の時とかはしっかりと食べた方がいいです。過度にならなければいいんですよ。休日の一食をこうしたものに変えるだけでも違ってきます。相沢さんは今もおからや豆腐などの大豆製品を食べていますし、ヨーグルトも続けていますよね?」 「はい」  朝と夜にヨーグルトを食べている。しかも違う種類。腸内の細菌を増やす為だ。腸内の環境がよくなると自然と痩せるらしいのだ。  実際、お通じがいい。元々便秘気味で、辛いなと思ったら今度は緩くなったりしていた。それが改善されたのだ。もの凄くスッキリでお腹の中が軽い。 「発酵食品は吸収もいいしお腹にもいいですから。納豆とか、苦手ですか?」 「あ……ちょっと」 「ネバネバ? 臭い? 味?」 「味は分からないです。まず臭いと、あのねばっとしたのが」 「何かいいレシピ探してみます。あれはやっぱり身体にいいんですよね。甘酒とかは好きですか?」 「そっちは好きです」 「甘酒も身体にいいですよ。飲み過ぎはダメですけど」 「今度試してみます」  そんな事を話ながら食事はあっという間に終わってしまう。そうしたら……なんだか寂しくてたまらなくなってしまった。 「相沢さん?」  心配そうな箕輪さんが僕を覗き込んでくる。僕は……頑張って笑った。 「あの、今日も有り難うございます。楽しかったです」 「相沢さん」 「僕、頑張って目標体重まで落とします。目指せ8㎏ですよね。なんか、やれそうです。ううん、絶対頑張りますから」 「相沢さん!」  グッと抱きしめられたら、苦しさがせり上がってくる。僕は頑張っても弱いままだ。 「背負わないでください。そんな、急がなくていいんです。無理しなくていいんですよ」 「無理なんて」 「していますよね? 笑うって、頑張らなくていいんですよ。相沢さんの笑顔は可愛いから、すぐに本心か愛想笑いか分かります。今は、無理しましたね?」 「っ!」  どうしてバレるんだろう。そんなに顔に出ているかな。かっこ悪い、僕。  背中を撫でてくれる手が優しい。温かさが恋しい。許してくれるなら、もう少しだけここにいたい。 「寂しい、です」 「はい」 「楽しいから、寂しいです」  楽しさを知ると、寂しさをし知る。幸せを知ると不安になる。僕は弱いから、マイナスの方を強く感じてしまう。今も、嬉しいのに不安になる。  至近距離に箕輪さんの精悍な顔がある。真剣に真っ直ぐと向く眼差しを意識している間に近づいて、僕は初めてキスをした。 「側にいます」 「でも」 「寂しいなら、俺が側にいますから」  どうして?  でもその疑問は実際には出てこない。答えを聞くのが、怖いからだ。  その日、僕は箕輪さんの家に泊まった。そして、暗い部屋で抱き合ってキスをした。舌を差し入れて溺れていくようなキスだった。 「箕輪さんっ! あっ、やっ」  風呂上がりの肌の上を箕輪さんの手と唇が滑っていく。まだ柔らかな脂肪が乗る胸や腹を、彼はとても優しく撫でる。 「可愛いですよ、相沢さん」 「あっ、ダメです胸……んぅぅ」  陥没している乳首は簡単に出てこない。自分でも見た事がない。そこを、箕輪さんは周囲から丁寧に手で揉みこみ、頂きをカリカリと爪で擦る。刺激が伝わってゾクゾクした。本当に僅かな刺激だけれど癖になる。 「恥ずかしがり屋で可愛い乳首ですね。でも、顔が見たいかな」 「え? あんぅ! はっ、あっ」  チラリと覗く舌が僕の胸を捏ねるように突いてくる。知らない感覚に腰が痺れた。カッと身体も熱くなって、いっちょ前に前が反応する。  箕輪さんはそのまま隠れている乳首をグリグリと探りだし、舌先を細くして潜り込ませてしまう。ムクムクと僕もそこが疼いてくるのがわかった。そうして濡らされた部分を、不意に箕輪さんが吸い上げる。瞬間走った刺激は僕をクラクラと酔わせたと同時に、恥ずかしい部分を引っ張り上げてしまった。 「……凄く、いやらしい乳首です。恥ずかしがり屋なのに、出てきたらこんなにぷっくりと大きくて」 「あっ……やぁぁ」  指摘された通りだった。自分でも初めてちゃんとみた乳首は、予想よりも大きくてぷっくりと膨らんで見える。何よりとてもスースーする。普段は隠れているからか。  箕輪さんはそこを改めて口内に収めて、根元や先端を舌で舐めて押し潰し、吸い上げる。その度に僕は我慢出来ない声を上げて腰を揺らめかせていた。 「凄く敏感だ」 「ひゃぁん! いっ、ダメ……乳首だめですぅぅぅ」  後ろの孔がキュッとする。普段こっちを使うから凄く反応する。  頭の中もトロトロだった。背中が少し弓なりになってしまう。腰も揺れる、気持ち良くて。 「可愛い」 「んやぁ!」 「相沢さん、俺のも触って?」  切ない声でお願いされて、僕はゆるゆると箕輪さんの股間に手を伸ばす。僕のとは違う熱くてバキバキな彼の肉棒を感じる。これだけなのに、僕は一人で感じてしまって腹の中が切なくなった。 「上手ですよ、相沢さん。とても気持ちいい」  掠れて熱を持つ声が耳元で囁く。そんな声で言われたらまた僕が気持ち良くなってしまう。 「腰、動いてますね」 「やっ、だって」  気持ちいいんだからどうしようもない。  スッと身体を寄せた箕輪さんが、僕のと自分のを一緒に握り扱き始める。これに、僕は目眩がするくらい気持ちよくなってしまった。 「やっ、ダメ! 出ちゃう!」 「いいですよ、俺も……っ気持ちいいです」  濡れた目が僕を見て笑っている。そんな顔されたら、僕はどうしたらいいの? そもそもどうしてこうなったんだっけ? 落ち込んでたし、寂しかった。でもこれは、普通の慰め方なの? 違う、よね? 少なくとも僕は、こんな事を一緒にする相手なんていなかった。 「和俊」 「え?」  甘い声が僕の名前を呼ぶ。”相沢さん”じゃなくて、”和俊”って。  どうしよう、嬉しい。名前、知ってたんだ。呼んでくれる人がここにいる。名前で呼ばれるなんて、どのくらいぶりなんだろう。  唇が目尻に触れた。見上げたら、切なくて甘い目が僕を見ていた。 「俺の名前も、呼んでくれませんか?」 「え?」 「幸彦って」 「ゆき、ひこっ」  たったそれだけ。なのに、こみ上げるような熱が僕を包んで一気に我慢ができなくなった。 「やっ、幸彦僕、もっイッちゃう!」 「俺もです」  手が早くなって、目の前がチカチカした。こんな凄い快楽は経験がない。縋るように首に腕を回したら、そのままキスされた。そしてそのまま僕の嬌声は彼の唇の中に吸い込まれていった。
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