絶滅前夜

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 沖縄本島から漁場に着いた小型の漁船の甲板で、船長が若いアルバイト男性に怒鳴り散らしていた。 「いつまであくびしてやがんだ! さっさと網を入れろ。この時期の漁は夜明け前の今が勝負なんだぞ」  まだ夜が明けきらぬ薄暗い空を見つめつつ、男はしぶしぶ網を肩にかついだ。 「へーい。やれやれ、時給が高いのに釣られてとんだ重労働の仕事選んじまったな」  次の瞬間、船全体にガクンという衝撃が走った。男は甲板上で足をすくわれ、尻もちをついた。 「うわ! おやっさん。なんかにぶつかったんですか?」  船長は操舵室から走り出て海面をのぞき、首を横に振った。 「そんなはずはねえ。この辺りに岩場とかはねえはずだ」  アルバイトの男は甲板の反対側から海面を見ようと、よろよろと立ち上がって歩を進めた。そして、甲板の縁の手前で足が止まった。  彼の眼前には、甲板に立っている彼の背丈より高く、数本の何かがそびえ立っていた。それは一本一本がうねうねと動いている。  男は船長に声をかけようとしたが、恐怖のあまり言葉にならず、ヒッヒッといううめき声にしかならない。  振り返り、アルバイトの男と同じ方角を向いた船長が叫んだ。 「な、何だ、これは?」  船体がまたぐらりと、今度は縦方向に傾いた。アルバイトの男は甲板の上でひっくり返り、転がされ、そのまま船尾から海面に投げ出された。  水中でライフジャケットの紐を引き、必死で海面に浮かび上がる。空気が充填され膨らんだライフジャケットの浮力で顔を水面上に上げた時、彼は十数本の巨大な触手状の物が船体にからみついているのを見た。 「ふ、船が……引きずり込まれてる!」  船長の悲鳴が遠くから聞こえた気がした。漁船はそのまま、じわじわと船首を下にして、触手によって水中に引きずり込まれ、姿を消しつつあった。  男は顔を蒼白にして、漁船から少しでも遠ざかるべく、泳いだ。ようやく太陽の最初の光が水平線上に差し込んだ時、漁船は完全に見えなくなっていた。
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