絶滅前夜

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 翌日の昼、警視庁公安機動捜査隊の宮下警部補は海上保安庁第11管区本部にタクシーでやって来た。那覇は日差しは真夏より弱まったとは言え、じっとり汗ばむ陽気だった。  ダークグレイのパンツスーツを着、上着の前のボタンをきっちり留めた格好で受け付けに要件を告げると、すぐに半袖の制服の海上保安監が出迎えにやって来た。  彼は石上と名乗り、宮下を奥に案内しながら言う。 「いやあ、助かります。こっちには怪獣事件専門の刑事なんておりませんから。警視庁の専門家に来ていただけて」  宮下は遠慮がちに答える。 「いえ、あの、私はテロ対策の部署で、別に怪獣専門というわけでは」  石上は全く耳に入っていない様子で、上機嫌で言葉を続ける。 「いえいえ、ご謙遜を。宮下さんのこれまでのご活躍は聞いております。東京から怪獣の専門家に来ていただけたとは心強い」 「あの、ですから、別に怪獣の専門というわけでは……」 「それで今回の怪獣事件らしき案件なんですが、さっそくご意見を伺いたい点が多々ありまして」  宮下は彼の誤解を解く事をあきらめた。  会議室に通され、数人の海上保安庁職員と宮下は机を囲んだ。石上がホワイトボードに海図を掛けて説明を始めた。 「昨日の件で、計3件目になります。小型の漁船がわずか10日の間に次々と消息を絶っている。それも深度のある、座礁など考えられない場所で」  宮下は海図に付けられた赤い印の位置を見ながら尋ねた。 「生存者はいたのですか?」  石上が答える。 「昨日の件で、一人、アルバイトで漁船に乗っていた若い男が、12時間後に救助されました。で、事情を聞いたんですが、どうにも信じられん話でして」 「どういう点が?」 「巨大な触手を持つ怪物に、船が襲われたと言うんです。船ごと海に引きずり込まれたと。しかも幻覚とばかりは言えんのです。島を結ぶ小型の旅客機のパイロットや乗客が、上空から巨大な何かが海中を移動しているのを目撃したという通報も5件、入っておりまして」 「潜水艇か何かという可能性は?」 「あり得ます。外国の工作員が侵入を試みたのではないかと、それで警視庁の協力を仰いだら、怪獣事件専門の宮下さんが来て下さったというわけで」 「いえ、ですから、私は怪獣の専門というわけでは……」 「いずれにしても、何か普通でない事が近海の水中で起きている可能性が高いのですよ。ご協力よろしくお願いします」 「はあ、それは承知しました」 「では、今日のところはこちらで手配したホテルで休んで下さい。ビーチのすぐ側のホテルを取ってあります。ええと、君、宮下さんをホテルまで車でお送りしてくれ」  立ち上がった職員とともに、宮下はその場を後にしようとした。その時、別の職員がドアを開け、駆け込んできた。その職員は切迫した表情で告げた。 「数時間前に、また船舶が謎の沈没を!」  石上が立ち上がって訊く。 「どこの漁船だ?」 「今度は漁船じゃありません。うちの船です」 「うちの船?」 「本部直属の、巡視艇です!」
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