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頭が痛い…割れそうだ。
やっとの思いで開けた眼に飛び込んでくる白い天井…どこだここ…壁も白い、カーテンも。病院?
「気がついたか?具合は?」
あ…さっきの人だ。なんだ死んだのは夢だったのか…やけにリアルだったのに。
刑事か…起きなきゃ。
「ああ、そのままでいい。頭の外傷が酷いんだ、一応寝てる間に治療と検査はしたが結構深い傷だ」
いつ…?あのキチガイも一応バットで殴り返して来たからな、結構喰らっていたのか。あの時は痛みもさほど感じなかったのに。
今は死んでた方がマシだったと思うくらいの頭痛と吐き気だ。
「君は北 龍矢くんに間違いないね。江南中学校一年の生徒だ」
「……」
「北くん?」
「そんなのどうでもいい、少年院でもどこでも行くから俺を放っといてくれ」
留置場に入れられる前に簡単な聴取を受けた。
精神に障害のある親族の家に押し入り、何の罪もないその家の息子に重症を負わせた凶悪犯というのが俺の肩書らしい。
あの時、夜勤警察官の怒号が取り調べ室に響き渡っていた。
どうせ何を言っても、相手はあの当時に心身耗弱の状態だったとずっと法に守られていたあいつだ。悠里に対する児童虐待の罪をまんまと逃れた卑怯者だ、誰もあいつを裁いてはくれない。
だから俺がやったんだ。
悠里の受けた深い傷の1ミリでもあいつに返したかった。
「悠里が泣いてるぞ」
!!!
とっさに身体を起こそうとして全身に激痛が走った、身動きが出来ない…!!
「気持ちは分かるがバカな復讐をしたもんだな、誰一人として得にならない。お前、相当な馬鹿だろ?」
な…!なんだこの親父は!?この野郎…!!
「頭より先に身体が動くタイプか、直情型の一番厄介なやつだわ。まぁ、あの事件は俺も腑に落ちないことが多くて未だに気になってる案件だ。お前よりもお前の母ちゃんがどれだけ悔しかったのか分かっているのか?」
母ちゃん…!?
そしてその人にいきなり首根っこを締め上げられた。苦しい…!
「おい龍矢、俺は弁護士の時任大河だ。知らないようだから教えてやる、お前の母ちゃんがお前達に残した生命保険という遺産は俺が管理を依頼されているんだ。そして今、この時から俺はお前とお前の妹の後見人だ」
な…!何いってんだ、この親父が弁護士…!?
「後見人は予定に無かったがもういい、お前は俺が叩き直す。この事件も俺が担当する」
た、叩き直すって!?
「ふん、やっぱり結構ひどく反撃を喰らっているな。これが無抵抗の精神病患者が出来る事とは思えん、やっぱり妹の事件まで遡って色々調べる必要があるな」
ようやくその手が離された。
「俺の所に森さんから連絡が来たのが今朝だ、妹はうちでしばらく預かるからな。ちゃんとした公的な施設に預かってもらうかは後で決める。心配するな、本人の意思を尊重する」
悠里がこの親父の家に…!?なんだそれは、どういう意味だ?
「とりあえずお前は寝てろ、頭を強く打っているからどうせ動けんだろうが。ああ外には南署の警官連中が張ってるからな、全く手厚い事だ」
さすがに逃げる選択肢は無い、今更だ。
何より身体中が痛くて今は動けない。
「あの…」
「なんだ?」
「ここはどこなんだ?」
”ビシッ!”と額にデコピンされた。怪我をしてるし頭痛も酷いのに地味に痛てぇ!
「敬語!!目上や年上の相手には、まずは丁寧に話すことを覚えろ。龍矢の年頃ならまずはどんな大人にも敬語を使え!!」
痛くて頭に入らないっ!酷いぞこの暴力弁護士!!
「ここは城南病院だ、お前の母ちゃんが生前勤めていた所だ」
……!!
「なぁ龍矢、ちゃんと俺に話してみろ。あの妹の事件からもうかなりの年数が経っている、なのに急にどうしてだ?何か理由があるなら話してみろ」
「…急じゃない」
「え?」
「俺は昨日知ったんだ、母ちゃんの葬式で!!俺には昔の話じゃないっ!!」
大人達は知っていたのかも知れない。
母ちゃんもあの男が心身耗弱とやらで、罪に問えないからと諦めるしか無かったのかも知れない。
でも俺はあの男を知っているんだ!!
あいつは絶対に病気なんかじゃない!!あいつは健常な人間だ!!ただ安全な自宅に引きこもって、自分より弱い存在の悠里を虐げて楽しんでいただけの最悪な卑怯者なんだ!!
「俺もあいつに何度か殴られた事がある。ある日殴り返したら驚いたらしくてそれから俺には何もしてこなかった。あいつにはちゃんと判断力があるんだよ!!心神耗弱なんて言葉で片付けられてたまるか!!あいつは絶対に許さねぇ!!あいつのせいで悠里は…!!」
あの男も、あの男を守るあの家族も絶対に許さねぇ…!!
「龍矢」
また時任弁護士の手が眼の前に。殴られる!と眼を閉じた瞬間、今度はふわっと頭を撫でられた。
「辛かったな…そうか」
先程とは打って変わった優しい声だった。
え…?この人は俺の言葉を信じてくれたのか?眼鏡の奥の眼が、今度はとても優しい。
「龍矢、ここからは俺に任せろ。きっと悪いようにはしない」
そして時任…さんは自分のコートを持って傍の椅子から立ち上がった。
「良いな、警察が来たら必ず丁寧に受け答えろ。さっきのような適当な言葉を使ったと聞いたら承知せんぞ」
承知せんて…どうなるんだよ、それ。
時任さんが病室を出ていった。
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