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ここは母が看護師として勤めていたあの病院か…俺がこんな状況で警察から運ばれて来たのは、きっと母ちゃんの恥になったな。
ごめん、母ちゃん。
ガキの頃から幽霊だの化け物だのばかり見てた俺なのに、今の俺は母ちゃんの声も姿も感じないよ。
きっと怒ってるから姿を見せてくれないのか。
ごめん母ちゃん…でも俺は…
その時、いきなり病室のドアが開いた。
「失礼します、創部処置に参りました。傷のガーゼを交換いたします」
外にいた警察官が、処置車を押している看護師と一緒に入って来ようとしてその看護師に止められる。
え、この看護師、森さんだ。母ちゃんの友達の。
「お巡りさんは出てて下さい、傷を開放しますので清潔な予防衣で無い方は困りますわ」
そう言われ、仕方なく警察官が病室から出ていく。
ドアが閉まるのを待って、森さんはいきなり深いため息をついた。
「マズいと思ったのよ、あなたの親戚のおじさんはあんな大事なことをベラベラと」
と、言うことは森さんは知っていたのか。
「あなたのおじさん、自分はもう龍矢達兄妹と一切関係が無いからって逃げたからね。本当は涼子の保険金の管理を引き受けたくてウズウズしてたから、私は気に入らなかったんだけど」
そうなのか、全くウチの親戚ってやつらはろくなのがいない。
「まさかあなたがこんな事件を起こすとは思わなかったって。これからはあなたたち兄妹の事で自分に連絡を一切よこすなって電話を切られたわ」
まぁ、そんなもんだろう。元より親戚なんてものは全然当てにしていなかったけれど。
「こんな怪我もしてバカな子…涼子が悲しむわ」
後頭部に結構な外傷があるらしいのは分かっている、森さんが消毒をしてガーゼを交換してくれた。包帯も巻いてくれた。
他にも額や腕や…あちこちに打ち身やら挫創やらがある、賑やかなもんだ。けど頭痛が一番酷い。
「あの弁護士さんも今回の件を引き受けてくれたからね、ちゃんと言うことを聞くのよ」
「はい」
目上の人への受け答えは丁寧に、だったな…
「龍矢の気持ちは分かるわ、涼子も最初はとても怒って泣いてたのよ。あの親子を絶対に許さないって…でも、あの親子を裁く法律はこの国のどこにも無かったわ」
「……」
「涼子は精神科勤務の経験のある看護師よ、あいつが双極性障害だなんて最後まで認めなかった。ただ計算高くてズルいだけの子供だと言っていたわ」
母ちゃんは知っていたんだ、それでも裁判所がそう決めたからと我慢して我慢して…
悔しかったよな、母ちゃん。きっと俺なんかよりもずっと。
それでも思い出すのは、いつも笑顔で俺達兄妹を育ててくれた母だ。泣いている姿など一度も見たことがない。
悪意のある亡霊すらも、全て気合いで蹴散らすような強い母だった。
治療が終わって森さんは病室を出ていった。頭痛がひどくなったら誰か呼ぶようにとナースコールを持たされる。私は明日も来るからね、と言ってくれた。
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