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「大丈夫か龍矢?吐いたんだってな」
かなり時間が経ってから時任さんが病室に戻ってきた。
「全くあの連中は事前の情報ばかり鵜呑みにしやがって、龍矢の怪我を甘く見てやがってた。今井の息子が龍矢に反撃できるわけが無いと思いこんでやがった」
それがあいつの表向きなのは俺は知っている、きっと今は時任さんも気がついている。
「龍矢の頭の怪我な、木製バットの折れた破片が傷にこびりついていた。あんな物を折れる程の力で平気で振り回すやつが非力な障害者の訳ないだろうが。それを今、あの山室のダンナにも伝えたよ」
そうなんだ、やっぱりこの時任さんは俺の言うことをマトモに取り合ってくれているんだ。
まぁそれで俺のやったことがチャラになるわけじゃないけど、わかってくれる人が一人でもいてくれるのが嬉しい。
「あの山室のダンナは古い刑事でな、悠里の事件の事も覚えていた。龍矢があの時の被害者の兄で、今井があの時の犯人だと教えたんだ。これでお前に対する当たりが少しでもマシになるといいが」
俺の事は良いんだ。
でも重い木製バットを振り回して俺に抵抗の出来る今井の息子が、本当にあの家族の言うとおり体を動かすことすら不自由な、か弱い精神疾患のある弱者なのか。
その事に疑問を持つ人が増えると良いとは思う。大体今井の息子の部屋は、ゲーム機とパソコンやオンラインゲーム、でかいテレビが何台も並んだネット廃人仕様の部屋なんだから。本当に普通の引きこもり以外の何者でもない。
「龍矢、お前これが好きなんだって?悠里に持っていって欲しいと頼まれたんだ」
悠里が?
時任さんの手の中には、俺の好きなメーカーのよく冷えたグレープジュースがあった。
「時任さん、悠里は泣いてませんか?」
最後に見たのは俺のせいで泣いている顔だった、夢の中でさえも…
「大丈夫だ、泣いていたのは最初の日だけだ。あの子はそんなに弱くないぞ、逆にお兄ちゃんをよろしくお願いしますと頼まれたよ」
そうなんだ、てっきり泣いてるとばかり…良かった。
俺は悠里の事をちゃんと知らないのかな。
「飲むか?吐いた後ならきっとさっぱりするぞ」
「はい…すいません」
「違うだろ、そこは『ありがとう』だ」
「あ、はい、ありがとうございます」
開けてくれたジュースに長めの曲がるストローを挿してくれた。これなら身体を起こさないで飲める。
「ほら」
差し出されたそのストローをくわえる。瓶は時任さんが押さえててくれている。
そのグレープジュースは、いつもより余計に美味かった。
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