act.1 起承

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   俺は変わった子供だったらしい。  というのは、自分ではそれに気が付かなかったからだ。   「おかあちゃん、あのひとなんかいってるよ」  例えばこんな場面。  道路上のカーブミラーの所で、ブツブツと何かを呟く血だらけの男が立っている。 「それは龍矢にとって”良い言葉”?」  俺の手を引いた母が笑いながら俺に聞く。 「ん、とね、ちがう。わるいことば」  お前も死んじまえだの殺してやるだの。そいつの言葉は黒いモヤの様な不気味な塊りになってその場に漂っている。 「じゃあ放っておこうね、聞いちゃいけない言葉だ」 「うん」  成長してからそれが地縛霊というものだと知った。死んだ後もこの世に執着があり過ぎて、成仏できない亡者達だ。  幼い頃の俺は、物心ついた時からその連中を当たり前のように見ていた。時には危害を加えようとしてきた亡者もいる。  そいつらを追い払い、蹴散らしてくれたのはいつも側にいた母だった。  俺の母は俺と同じ霊感体質だったという。  だから幼い俺は自分の言葉を否定されることもなく、母によって護られながらその対応を覚えていったのだ。 「”いいことば”は、なかなかないね」 「そうだね、良い言葉を持ってる人はすぐに(うえ)に上がれる人だからね」  雲の上には死んだ人間が行かなければならない場所があるという。幼い俺にも分かりやすく、母がそう言っていた。 「龍矢はお母ちゃんに体質が似ちゃったねぇ、悠里はそういう所が全然無いのに」  悠里はいつもニコニコしていて、俺を大好きだという可愛い妹。なんで隣に住んでいるのか俺には理由がわからないけど。 「ゆーりはこんなのみえなくてもいい」  見えたらきっと怖くて泣いてしまう。 「龍矢にこういう能力(ちから)があるということは、その人生の中でお前にやらなければならない事が必ずあるということ。それだけは覚えておいてね」  当時の俺には、その言葉の意味は難し過ぎてよく分からなかったけど。  母が伝えたかったその心は、成長した今になってもずっと胸の奥の方に残っている。  
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