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あの刑事達が再びやってきたのは、その日の午後の事だった。
「具合はどうだ?北くん」
時任さんにその名前を山室さんと聞いていた刑事が俺の枕元に座った。もうひとりの若い方は立っている。
取り調べだ、身体を起こさないと。
「もう大分良いです、この間はすいませんでした」
目の前でゲーゲー吐きまくったもんな。
「ああそのまま寝ていていいよ。時任くんに聞いたよ、君はあの7年前の事件の、被害者の兄だったんだな」
「はい」
悠里の事件を知っている刑事だとは聞いた。
あの事件は被害者の悠里が一時は意識不明の重体で保護されたのにも関わらず、犯人が未成年で障害があるとして逮捕に至らなかった。
しかも事件当初のあいつには精神に重篤な障害があり、心神耗弱の状態だったと裁判にすら持ち込めなかった事件だ。山室刑事の心にもやるせない思いは残っていたと。
「妹さんは元気でいるのかね、もう中学生位かな」
本来ならそうだった、だけど悠里は…
「妹はまだ小学生です、ちょうど通常と丸一年遅れてます」
「そうなのか」
「でも絵を描くのが好きで本を読むのも大好きです。ちょっと身体は弱いけど、普通に学校には通えています。事件の事は何も覚えて無いらしいです」
あの後、時任さんが悠里にそれとなく確かめたと。それならそれでいい。
「お母さんが亡くなったばかりだそうだね」
「はい」
それなのに俺は傍に居てやれなくなった。本当にダメな兄ちゃんだ。
「北くん、君はちゃんと生きなければならない」
!!
「今井の様な卑怯者の為に君の道を違えるな。妹さんには君しかいないのだろう?その君が人間である事を放棄してはいけないよ。今井の様な獣に成り下がることは絶対にあってはならない」
「あ…!」
この人…!!
「山室さん?何言ってるんですか?今井は被害者の方ですよ!!こいつは凶悪な…!!」
「君は黙ってなさい」
山室刑事の、静かだが厳しい言葉に気圧された若い刑事が一瞬で押し黙る。
「時任くんから色々学べることが有るはずだ。いいね、君は妹さんの為にもちゃんと人間になるんだよ」
「はい…」
やっと絞り出したような俺の返事に、山室刑事は笑顔で頷いてくれた。
「さて帰るか、早く傷を治すんだよ」
「山室さん調書は!?取らないんですか!?」
「必要ないよ」
「山室さん待って!!ああもう、なんなんだいったい!?」
ドタバタと二人が出て行ってしまった。
『ちゃんと人間になるんだよ』
山室さんは今井の息子を獣だと言った。山室さんはちゃんと真実を知っててくれている。
「はい…!!」
俺はちゃんと人間になろう。
何よりも悠里の為に
そして自分自身の為に。
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