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いつものように午後には時任さんが来てくれた。
ん?なんか今日は両手に色々な買い物の品を持っている。
なんだろうか。病室の前にはいつも見張りの警察官が居て、何か持ち込むのは殆ど出来ないって言っていたのに。この間のジュース1本位が精一杯だと。
「お祝いだ龍矢、今井が告訴を取り下げた。もう病室の外に警察はいない」
「えっ!?」
いったいなんで?
「お前の怪我だよ。今井の息子は両手足に麻痺があって、ほぼ自力で動けないと障害者手帳を申請して認可されていたんだ。お前を殴って骨折までさせている男がだぞ」
大きな袋から菓子だのジュースだのフライドチキンだのを取り出しながら時任さんが言う。
「そこを今井の親に突っ込んだ、凶器のバットには息子の指紋がべっとりだし、二階の奥にいた息子が救急車が来た時には一階で倒れていたしな。あれ、自分の足で龍矢から逃げ回ったんだろう?」
そうだ普通に走り回っていた、バットも振り廻していたし。
「それが分からんほど警察もバカじゃないさ、そこでその証拠を色々並べて俺が今井の親に突っ込んだ。大方7年前の悠里の事件の心神耗弱も嘘だろうとね」
あの時の…
「勿論、今井の親は断固否定だ。精神病もあって体の不自由な息子がこんな目にあって可哀想だと思わないのかと逆ギレだ。そんな暇があったらさっさと涼子の息子をムショにぶっ込めとさ」
時任さん、ホールケーキまで買ってきてるぞ。
「勿論、旗色が悪いのは明らかに今井親子だ。このままこの事件の捜査が続けば、今井息子の身障者手帳の不正取得は必ず再審査される。そうしたら俺は7年前の事件の時に、今井親子が息子の心神耗弱の証拠になる診断結果を取るために近県の20近くの医療機関を受診しまくった記録を検察に提出すると言ったんだ」
ここ数日のうちに、時任さんがツテを使って調べ上げたという。その明らかに数が異常なその受診結果は、必ず検察官の心証を悪くするはずだ。
「それで今井の親は渋々龍矢に対する事件の訴えを取り下げたんだ。このままだと悠里の事件も探られると思ったんだろう、あのゴミ息子の為によくやるわ」
「それでさっき山室さんがここに来てくれたんだ」
「え、山室のダンナが?」
「俺にしっかり生きろって言ってくれた。今井のような獣になるな、ちゃんと人間になれって言ってくれたんです」
「そうか」
大きなトレイに切ったケーキやフライドチキン、ポテトやお菓子を載せて俺にくれる時任さん。すごいご馳走だ。
「お前が好きな物ばかりだろう?ちゃんと悠里に聞いて来たんだ。けど見事にジャンクな物ばかりだな」
「あ、ありがとうございます」
笑いながら言う時任さんから、それを両手で受け取った。すごい量だ。
悠里は今日もどうしているのだろう、まだ時任さんの家にお世話になっている筈だが。
俺は聞くことが出来なくなっていた。
「食べろ、龍矢」
「はい」
いちごのショートケーキにフォークを突き刺した。久しぶりの甘い菓子だ、とても美味い。
「龍矢、悠里に会いたいか」
その言葉に手が止まる、訴えが取り下げられたと言っても俺はどうなるんだろうか。
未成年だから実名報道はされてないらしいけど、事件があった事自体はきっと地元の人間なら知っている。
犯人である俺のことも、きっとある程度特定されていると思っていい。
「会いたいです、でも…」
悠里が犯人の妹と呼ばれる状況になるなら嫌だ。
「龍矢、人の口に戸は建てられない。事件自体は無かった事になっても、あの日あの家であった事は事実として存在してしまう。今、学校を長く休んでいるお前が学校に戻った時、世間の無責任な噂はきっとお前に降りかかってくる」
「はい」
それはきっとそうだ。
「それでもお前は今の学校に戻るか?お前が嫌なら転校する方法もある」
転校…自分がやった事から逃げると言うことか。
確かにそれは楽だろうが、本当にそれで良いのか?
ーーー俺は逃げるのか……?
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