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脩介は、首を巡らした。
窓の向こうに、女がいた。女は上から、ゆっくりと落ちてきた。ぬばたまの闇を背景に、細い両腕を下に向け、長い髪と白いフレアーをふわりと広げながら。落ちているのに緩やかで、まるでお花が舞っているようだった。何もかも、きのうや一昨日と同じだ。
動悸が逸(はや)る。脩介は黙って、落ちていく女を見つめた。女の瞳と脩介の瞳の高さが同じになったとき、女は脩介を捉えた。脩介も女を見返した。深い海の底を覗いたようだった。
鼓動がいっそう早まる。それは体内で響き渡る、警鐘かもしれなかった。
“だめだよ。あれを見ちゃいけない。あれは、自分とは違うものだ”
“あの瞳から目を逸らせ。そうしないと、捕まって、絡み取られて、逃げられなくなるよ”
“逃げられなくなるよ”
だけど、目が離せなかった。逃げ出したい気持ちを、震える足を、奮い立たせ、静かに女を見つめた。女の瞳が、瞬いたように感じた。長い黒い睫毛が揺れた。まるで、脩介に向って何かを言ったかのように。
女はゆっくりと、落ちていった。
女が消えた後にはただ、冷たくて青い静寂と、何もない夜だけが残った。
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