0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
プロローグ
ザーッと勢いよく落ちる雨粒が、さくら保育園の運動場の泥をはね上げる。
接近中の台風の影響で、その日は朝からずっと激しい雨が続いていた。
急きょ〝午前中閉園〟の知らせを受けた保護者たちが、続々と園児を迎えにくる。 ひとり。またひとり。
そうして最後に、良太が残った。
ぶらんこ、ジャングルジム、鉄棒、灰色に染められた遊具たちを、良太は不思議な気持ちで見つめていた。知らない世界みたいだ……。どろどろの、水たまりの世界。
金木犀のしめったにおいがした。
ふいに、良太は顔をあげた。
門のところに、チェックのロングスカートが見えた。続いて赤い傘の向こうに、腰までのびる茶色い髪。
「ママ!」
良太は傘もささずに飛び出して、いっしょに待ってくれていた先生を驚かせた。
「良太くん、ぬれちゃうよ」
先生がそう言い終わらないうちに、良太はすでにママの傘にすっぽり守られている。
先生はじっとママを見た。雨が邪魔で目をほそめる。
ママが先生に向かってゆっくり頭を下げた。ほっとする。
(お迎え来れたんだ。よかった……)
先生も頭をさげて、笑顔で手を振った。
「ばいばい、良太くん! またね!」
先生が良太を見た、これが最後になった。
最初のコメントを投稿しよう!