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缶コーヒーを持つ手が震える……変に緊張するなあ……。まさか、わざわざ俺を迎えに来る事態になるとは。
「田中先生! こっち!」
迎えに来たのは東先生か……。少し離れた場所から運転席の窓を開け、東先生が大きく手を振りながら、俺の名前を呼んでいる。俺は小走りで東先生の車の所まで行った。
「すみません。迎えに来てもらって」
「いいよ、気にしないで。普段から通り道だし、このコンビニもよく利用するし」
東先生は車のドアロックを外した。「助手席にどうぞ」
東先生に言われるがまま、俺は助手席に乗り込んだ。すぐに東先生は車を動かす――緊張の同伴出勤開始だ。
「乗り心地はどうですか?」
東先生は運転しながら、俺にそう聞いてきた。東先生は車内の空気作りのために、初めの会話は無難な内容を選択したのだろう。
「抜群ですよ」
当然、俺も無難に肯定的な言葉を選んだ。――正直、緊張からか体内の心地よさセンサーは働いてないが。
「そうでしょ、この車、高かったのだから」
東先生は上機嫌だ。「――この仕事、給料がいいからさ」
東先生のその言葉に、俺は少し顔の神経をピクつかせてしまった。――まさか、車の話題から仕事の話に持ってくるとは。完全に予想外だった。恐らく東先生は、過去にも今日と似たシチュエーションを経験済みなのだろう。油断しては駄目だな。
俺は視線を窓の方に向ける。会話のキャッチボールを行いたくはないという、俺なりの無言のアピールだった。東先生もそんな俺の機微をすぐに察したのか、カーナビから動画を流し始めた。車内には、ユーチューバーの笑い声だけが響き渡る。少しは空気を読めよ、と俺は顔も確認していないユーチューバーに、心の中で非難の声を挙げた。
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