私を待っていたもの

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 出会いを求めていると勘違いされては、今後の関係に支障が出ると思い、私は、こう言った。 「私は今年で55。今さら恋愛とか結婚とか言う歳でもなくなった。」  言い方を間違った。 そう思った。  もし、彼女が自分をいい歳だと思っていれば……自分の言った言葉が、彼女を傷つけそうで後悔した。  恐る恐る彼女の顔を見ると、彼女は、笑顔だった。 「まだまだですよ。60、70になっても女性を求める人は多いですよ。」  求める……変な感じがした。その違和感の原因はわからなかった。  それから毎日、昼休憩の時の会話には熱が入った。  ある日のこと、彼女が伏し目がちにテーブルを見つめた。 「実は、ちょっと、借金があって……」 「私も、理由(わけ)あって、貧乏だった。貧乏の乗り切り方を教えてやろう。」  彼女は、目を見開き、マジマジと私の顔を見た。 「私が、貧乏のプロと気づいて、生活のコツを聞きたかったんだろ。」  彼女の顔に笑みが広がり満面の笑顔になる。  今まで気づかれていないとでも思っていたのだろうかとクスリと笑う。その日は、パン屋さんについて話した。 「パン屋さんに行ってパンの耳を分けてもらうんだ。パン屋さんが、5枚切りとか6枚切りとかで、小分けして売る時に、食パンを機械でスライスすると両側の端の耳だけの部分ができる。  普通は捨てちゃうんだ。それを売ってもらってた。」 「いくらですか?」 彼女は、ワクワクしながら身を乗り出した。 「一斤の袋にいっぱい入って20円。」 「安い〜」  パチパチと手を叩く小林さん。その金額は、私が行ってたお店の値段なので他の店のはわからないが、他の店でもそんなもんだろう。 「安いパンの耳から、超高級食パンの耳まで入ってるから、時々、ほんわり甘くて柔らか〜いのに当たる。あ、これ、高級食パンの耳だって、幸せな気分になれるんだ。」
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