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と、「×××さん」穏やかな声が聞こえて振り返る。
少し離れた先で、ひとりの青年---ひつじさんが私の方へ向かってくるところだった。
「ひつじさん」
「お迎えにあがりました」
なかなかお戻りにならないので…と、心配そうに柳眉を下げるひつじさんを見上げる。
少しだけ息が弾んでいる。
もしかしたら、屋敷からここまで走ってきたのかもしれなかった。
…屋敷。
屋敷ねえ…。
「×××さん、何か困ったことでもありましたか?」
ますます気遣わしげな容貌に首を横に振る。やめとこう。興味本位で首を突っ込んだって良かった試しがないんだから。
「いや、何も。大丈夫ですよ。遅くなってすいません」
「いいえ。何もないならよかった。さぁ、戻りましょうか」
社長もお待ちですよ。
げぇ…どやされそう…あっ、神社でお菓子貰ったんですよ。
それは良かったですね。
社長の機嫌もこれで直るかなあ…。
ふふ、さぁどうでしょうね。
ひつじさんと話しながら、林の奥へ行く。
その後ろで、からすが鳴いた。
行方知れずだったおばあさんが一晩経ってからひょっこりと帰ってきた。
おばあさんはそんなに長い間自分が居なくなっていたとは知らず、その間何をしていたかと聞かれ、ただ少し散歩していたと言った。その証拠に、衣服は少しも汚れておらず、怪我もなく、身体はピンピンしていた。
捜索に協力していたひとびとや警察官も一様に不思議がり、まるで、
神隠しのようだ、
と、しばらくの間、町内はその話題で持ち切りであったらしい。
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