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「お…」
前方の道端に見えた黒い影に、私は思わず声をあげた。
時刻は昼下がり。秋晴れの空は抜けるように青い。平日の午後とあってか、喧騒は遠く、風に揺れる木の葉のさざめきや飛び交う鳥の鳴き声がする他は、自分が地を踏みしめて歩く音しかしない。
いつものことながら、上司の命令で会社から摘まみ出された私は渡された荷物を抱え、頭の中で文句を垂れ流しながらまこと粛々と歩いていた。
そんな時のことだ。
前方にいる黒い影、からすに気付いたのは。
少し距離を置いた先で小さく鳴いている。昼下がりの静かな林の中なのでその声はよく聞こえた。
カアカアとクルクルの中間のようなへたっぴな鳴き方にぴんとくる。よく姿を目にするからすだ。流石に林を飛び交う鳥の区別はつかないが、あまり上手に鳴けないある意味特徴的な鳴き声でわかった。
私が此処に入社して早々に見掛けたので、こいつとの付き合いは長い。
その日も枝に留まって鳴いており、なんか音痴なヤツがいるな、と失礼な感想とともに視線をあげたらちょうど目が合ったのだ。あの時はやべ、襲われると身構えたが、じっと私の方を見てくるのみで何もしてこなかった。
だが何もしてこない代わりにあまりに熱心に見てくるので、なんだなんだと思い自分の身体を見下ろし、首からぶら下がった社員証に気付いた。陽光に照らされプラスチックの表面が光っている。試しに紐を持ち上げぶらぶらと揺らしてみると、熱心な視線もつられて動いた。はあ、なるほど。からすは光るものが好きだと聞いたが、本当だったんだな。と思いながら、興味は示すけれど決して奪いに来ようとはしないからすに「ごめんな、これ無いと困るんだわ」と語りかけたのが最初のことだ。
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