何も聞こえない夜をあなたに

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 いつもうつらうつらとしていて、世界を知覚できているか否か定かではない時間を過ごしてきた。意識が届くことのない遥か彼方で、目覚めない方がいいよと誰かが言ったのを聞いた気がする。幻はゆらゆらと揺れながら次第に形を取り、私は世界に私が存在することを知った。  意識が生まれると、ただただ時間が流れていくことを感じた。語る術を知らず、触れる腕を持たず、私は場所を占めているだけのものに他ならなかった。唯一私にできたのは、言葉を覚え考えるということだった。交互に現れる光と闇をどれほど数えたかわからない。  マキが帰宅した。スマホを片手に吠えている。 「ハルカのヤツ、嫌味じゃね!? ミキサーなんか持ってないし、いらねっつの!」  マキは袋から取り出した丸いものと細長いものを私の腹に投げ入れ、胸からいつものビールを取り出した。 「わざわざコウタの前で『肌荒れに効くから』って。アタシ優しいでしょってかわい子ぶってんの。本当に友達思いだったら男の前でバラすかよ」  マキはビールをあおった。 「……そうそう! あんなネイルで料理できるかって。りんごなんかむいたことないくせにさあ!」  マキは眉を吊り上げ、いつもより乱暴に私を閉じた。床を踏み抜きそうな勢いで遠ざかっていく。
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