何も聞こえない夜をあなたに

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 ある夜、マキが誰かを連れてふらふらと帰ってきた。 「ビールないじゃん」 「コウタ、たいして飲んでないのにもう酔っ払ってんの? この前買ったよ。冷蔵庫の奥の方までよく見てよ」  コウタと呼ばれた人間はぶつぶつ言いながら私の中を漁った。腹まで探ってマキに振り返った。 「おい、野菜室に入ってるりんごと人参、ハルカからもらったやつじゃねえの?」  コウタは私の腹に手を伸ばす。楓が悲鳴をあげた。やめろ! 私の憤った声は彼らには届かない。コウタは私から、楓ではなく、一緒にやってきた丸い方を取り出した。ざっと水で洗い、いきなりかぶりつく。 「アッ」  丸い方が短く叫んだ。初めて、そして最後に聞いた丸い方の声だった。 「何食べてんのよ。ビールは?」 「お前が出せよ。コンビニスイーツやレトルトだらけじゃん。整理しとけ。こんなもんばっか食ってるから、肌荒れるんだろ。ハルカ見習えよ」 「は? バカじゃない? やっすい女の料理できますアピールに引っかかってんじゃねえよ」  2人は少しの間もめていたが、私の胸からビールを取り出し、別の部屋へと移った。しばらく騒ぐ声が聞こえたが、わずかに部屋をギシギシと振動させ、マキがニャアニャアと獣のように鳴いた後、静かな夜に戻った。  楓は丸いものがどうなったか聞いてきた。私は聞こえないふりをした。私は今になって戦慄していた。私の中に迎えられたものは、いつだっていずれは去って行ってしまうのだ。
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