四万八千円の傘

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  父が風呂に入っている間、リビングでは母娘が会話している。  「チョロいよね、お父さん。娘が傘持って迎えに行っただけで、感動してんの」  「父親をだますとは、我が娘ながら、恐ろしいわ」  この日の朝、天気予報では『夕方から雨でしょう』と言っていた。それを聞いた娘は、父がトイレに入っている隙に、カバンから折りたたみ傘を抜き出したのだ。父の帰りの時間は大体同じだ。あとは、小さい頃のように、傘を持って駅前で待っていればいい。父は、久しぶりの娘との会話に動転し、浮かれて、お願い事には全部うんと言うはず。  天気予報から何から全部、娘の予想通りの展開になった。  「それで、全部でいくらかかるんだっけ?飛行機で東京の夢の国に行くのに」  「5万」  「それ、お父さんの2ヶ月分の小遣いじゃない」  「仕方ないじゃん。本当は自分のお金で行きたいけど、お父さんバイトはダメって言うし」  「娘のことが心配なんでしょ」  「それは、分かるけどさ」  「お父さんお風呂から上がる前に、傘、ちゃんと戻しておきなさいよ」  「はーい」  玄関の隅に、父のカバンが帰ったときのまま置かれている。娘は、自分の部屋から持ってきた折りたたみの傘を、そっと戻した。  「おお、どうした」  ちょうど父が風呂から出てきた。  「何でもない」  娘は、父と目を合わせないようにして、部屋に戻った。  次の日、会社を出たときは晴れていたのに、駅に着いたら降り出していた。男は、駅前を見回した。さすがに今日は傘を持っては来ないだろう、と思いながらも、ちょっと期待している自分に苦笑する。  傘を差すまでではないか、と思ったところで気づいた。  (あ、そもそも傘、持ってないんだった)  そういえば、なぜ昨日は傘がカバンになかったのだろう。娘が迎えに来たから、そのことを深く考えていなかったが、よく考えれば不自然だった。見つけられなかっただけで、本当は入っていたのだろうか。  念のため、カバンの底を探ってみる。  「あれ」  傘が出てきた。しかし、いままで使っていたのと形が違う。コンパクトで、やけに軽い。新品のようだ。  広げてみると、何かのカードのような紙がハラハラと落ちてきた。  拾い上げたその紙には、"Father's Day"と書いてある。裏返すと、手書きで 『お父さんありがとう』 と書いてあった。
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