TracK1

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 長いようで短かった春休みが終わり、まだまだ慣れないクラスメイトたちと学び始めた四月の上旬。   なんの変哲もなく、一日最後を締めくくるホームルームが終わった。  朝から続いた長い授業から解放され、教室は騒がしくなる。皆荷物をまとめ始め、支度ができた人から部活や遊びに行く。  どの生徒(ひと)も放課後を有意義に使うために次々と教室から出て行った。教室でダラダラと過ごす人は、いつもいない。  どんどんと人が少なくなっていく中、俺はいつも一人、席から離れない。  学ランのポケットにしまっていたイヤホンを耳に付け、ズボンに入れていたスマートフォンを取り出す。パスコードを入力して、ロックを解除すれば、朝から使っていた音楽プレイヤーの画面が表示された。  今日はしっとりとした曲より、激しい曲の方が聞きたい。タイトルがずらっと並ぶリストから一曲選び、再生ボタンを押した。  余計な情報を遮断するためにも、机に伏せて視界を閉ざし、耳から入る音だけに集中する。  わずかなロードの時間を置き、曲が始まった。  低いベースの音から始まり、続いてドラム、ギター、キーボードが入ってくる。そして最後に加わったのはボーカル。逃げ出したい、やめたい。だけどいくら怖くても立ち向かう、そんな感情をこめて唄っている。  へこたれそうなとき、いつもこの曲を聞いている。その度に励まされ、前向きになれる。  何度も聞いたおかげで歌詞はもちろん完璧に覚えているし、一人で全てのパートを演奏できる自信がある。  そんな曲を唄うのは、三年前から無期限の活動休止となっている男性五人組バンド、「Map(マップ)」と略される「Multiaction Program(マルチアクションプログラム)」。俺の一番好きなバンドだ。  無期限活動休止中なだけあって、新曲が出ることも、話題になることもない。  だけど活動休止前はドラマの主題歌を歌ったり、CMのタイアップをしていた。それに、全国ツアーを行えば、チケットは即日完売。年末の歌番組にも毎年出場するほど有名だった。  Mapは、生きることや闘うことを唄った歌詞が心に刺さる。それに、曲全体を通した音、そしてリズムを含んだ全てが老若男女に人気があった。  強くたくましい声を出すボーカル、力強くリズミカルなドラムに、細かく繊細な音を出すギター、滑らかに流れるキーボード、そして体に響くベース。メンバー全員の技術もさることながら、奏でられるメロディーが自然と人々の心をつかんだ。  それぞれのパート単体で聞いたなら主張が激しい音を出していることがわかる。でも、決してその音が喧嘩することなく、互いに音が溶け合う。だから聞いていてとても心地が良い。  今聞いているこの曲は、やりたいことが何もできず、うまくいってないと感じている俺の背中を押しているようで、気合いを入れるにはもってこいだった。  そんな大好きなバンドのお気に入りの曲がもうすぐ終わるというタイミングで、誰かの手によって、右の耳からイヤホンが外される。    こんなことをするのは一人しかいない。待っていたその人がやっと来たのかと、ゆっくり瞼を開く。  だけど体は起こさずに顔だけを前に向けた。すると、目の前の席に瑞樹(みずき)が座っていた。  俺より一つだけ学年が下。  たった一年しか変わらないのに、平均よりも小さく華奢な体で、ふわっとした柔らかい髪から覗く大きな瞳をもつ作間(さくま)瑞樹(みずき)。昔から一緒に遊んできた、幼なじみである。  瑞樹は、俺から奪いとったイヤホンをそのまま自らの耳元へ近づける。 「あ、また同じ曲を聞いてるの? 相変わらずだね、」 「俺は恭也だ。"ちゃん"づけはやめろ。俺ら高校生だぞ?」  低く少しイラついた声で言いながら、やっと体を起こしてイヤホンを取り返す。抵抗するかと思ったが、瑞樹はあっさりとイヤホンを手放した。 「えへへ、ごめんごめん。学校では出来るだけ言わないようにするね」  ジッと睨むも、瑞樹が臆することはない。  小学生の頃から一緒に過ごしてきただけあって、俺のことをよくわかってる。もちろん俺も瑞樹のことは知ってるつもりだ。だから、瑞樹の「言わない」はあてにならない。つまりは、言うということだ。今まで、ちゃん付け以外で名前を呼ばれたことがないし、間違いないだろう。  学年が異なる瑞樹が同じ高校に通うことになってから、まだ二週間しか経っていない。だが二年の俺の元へ、一年の瑞樹は放課後になると当たり前のように毎日やって来る。  二年の教室は本校舎の二階、一年の教室はその上の三階。  上級生の教室へ行くとなると、普通ならば気が引けるだろう。ましてや入学してから日が浅い一年生ならなおさらだ。最初こそ瑞樹もビクビクしながらやって来たが、二週間も経つと堂々とやって来るようになった。 「それで今日は何するの? スタジオ行く? それともたまにはご飯でも行く?」  目を輝かせ、ワクワクした顔で訊いてくる。 「バーカ、行かねえよ。いつもやることは決まってんだろ。部員探しだ」 「えー、もう見つかんないよー。みんな部活に入っちゃってるもん。友達もみんな部活に行っちゃったし」  入学から二週間も経てば、多くの一年生は仮入部を経て部活に正式に入部している。中にはどこにも属すことなく帰宅部となる人もいるが、そういう人は元からやる気がない人だったり、遊びたい人だったり、塾や習い事で忙しい人だ。  だから部員はそうそう見つからない、それはわかっている。  それでも、何が何でも探さねければならない理由が俺にはある。  大好きなMapのように、広いステージで音楽をやって人を笑顔にさせたい。  そんな夢を叶えるためにどうしたらいいかを調べている際に、とある大会を見つけたのだ。  それは高校の軽音楽部だけが出場する大会「バンドフェスティバル」、通称「バンフェス」。年に一回開催されるそれは、野球でいうところの甲子園のようなものだ。  主催は有名ミュージシャンが数多く所属する大手事務所。その大会で優勝したバンドのほとんどが、今現在プロとしてデビューしている。  プロになるという夢の近道でもあるこの大会。出ないという手はないだろう。  出場条件は一つ。高校の軽音楽部内で活動しているバントであること。  高校生になったらこの大会で優勝するんだとずっと思っていた。そのためにはまずは楽器の練習が必要だった。  小学生になって、周りの同級生がゲームの話題で盛り上がり、スポーツを習い始めた中、俺は音楽だけにのめりこんだ。ギターやベース、ドラムにピアノ、様々な楽器を練習し、音楽のあれこれを学んだ。中学生のときには、楽器の練習だけではなく、自ら曲を作るようにもなっていた。  そして地元の県立羽宮高校(けんりつはねみやこうこう)へ入学。真っ先に軽音楽部に入ろうと部活動一覧から探した。しかし、この学校に軽音楽部はなかったのだ。 「まさか今時、軽音部がねえとか信じられねえよな。ふざけてるだろ、バカだろ。時代遅れかよ」  電車通学なんて時間の無駄だし、練習時間を確保するためにもよく調べもせずに近場の学校を受験した。その前に部活を調べておけばいいものを調べなかったことは、今でも後悔している。  入学してから軽音楽部がないことを知ったときは目の前が真っ暗になった。高校三年間が無駄になるとしか考えられなかった。  それでもどうにかできないかと、教師に訴えた。そうして与えられた条件は二つ。部員が五人以上いること、そして顧問がいること。その条件を満たせば、部活として設立を認めると言う。部活になれば、大会に出られる。それに部活ならば、練習場所に困らなくて済む。  軽音楽部設立のために、一年のときは部員を集めようと声をかけまくった。でも、どいつもこいつも本気が感じられなかった。やってもいいと言う人もいたにも関わらず、声をかけた俺が断るというのを続けた結果、俺は周囲に「頭がおかしい人」というレッテルを貼られた。  おかげで今はかなり浮いた存在になっているし、話しかける前に避けられる。  そんな過去を振り返ったのは、今日もこれから部員を探さなければならないからだ。  俺の学年にはめぼしい人が見つからなかったが、新入生ならいい人がいるかもしれない。先輩に勧誘されるより、同学年に勧誘される方が話しやすいだろうし、「頭がおかしい人」の俺がやるよりいい結果を期待できる。 「まあまあ、そんなにかっかしないでよ。僕たち二人いるんだから、あと三人と顧問だけでしょ」 「まぁ、そうなんだけどさあ……。それでも見つからねえ日がもう二週間だぞ、二週間! 大会の応募締め切りが十月だから、六か月とかしかない。今から練習しなきゃやってらんねえよ」  残された月を指折り数える。楽器初心者だったら、練習に時間が必要だ。簡単な曲なら、二か月あれば形になるだろうか。でも俺が作った曲で大会に出たいから、早くに部員を集めて、練習しないと。残された期間は長くない。余裕がない。 「はいはい、そうだね。じゃあ僕は軽音部に入ってくれそうな人を探してくるね」  いつも愚痴ばっかり言う俺に慣れたのか、瑞樹は適当にあしらう。  ふぅと息を吐いてから瑞樹は立ち上がり、リュックを座っていた席に置いて身軽になった。そしてそのまま廊下の方へと足を進める。 「瑞樹。条件、わかってるだろうな?」  教室を出て行こうとする瑞樹の足を止めた。  すぐに瑞樹はクルリと振り返り、口角を上げて白い八重歯を見せながら答えた。 「もちろん! "AiS(アイズ)"で有名な制作者の"NoK(ノック)"を知らない人。それで性別は男、部活には入ってなくて、僕たちと一緒に本気でプロを目指せる人、でしょ?」 「……わかってんじゃん。よし、行ってこい」 「もちろんわかってるよ。部員の勧誘は任せてよ。キョウちゃんは曲、作ってて!」  瑞樹がヒラヒラと手をふるので、軽く手を振って返した。  瑞樹が去ったことを確認してから、外したイヤホンをまた付ける。流す曲はさっきとは違う。自分で打ち込んだ歌詞のない曲だ。  思い入れのある未完成の曲。手元に用意したノートへ、思い浮かんだワードを書きこむ。  曲を巻き戻しては流すのを繰り返し、ペンを走らせた。
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