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おかえり
「リリ、ただいま!」
今日はとってもご機嫌だから、なんかイイことがあったのかな。
「……ただいま。リリ」
帰るなり玄関に座り込んで、アタシを膝に乗せるときは、ちょっとイやなことがあった日。
こういうときは、ゆっくりと毛づくろいをしてあげる。そのコは顔に毛が生えてないから、力加減が難しい。
「痛い、痛いってばリリ。ほっぺたが減っちゃうよ。ははっ、くすぐったいっ」
そのコを笑顔にするのが、アタシの一番大事な仕事。
「いってきます」も言わずに無言で出て行っちゃったから、お鼻にキスができなかった朝。
その日、そのコは帰ってこなかった。
何かあったのかな。
それとも、またアタシは置いていかれちゃった?
心配で心配で、ずっとドアを見つめ続けた。
いつもの時間になっても、ドアは開かない。
日が落ちてからもずっとずっと、アタシは玄関から動かなかった。
そうやって、どのくらいたったかな。
ガチャ。
帰ってきた!
「おかえりっ!!」
ジャンプして飛びついたら、そのコはぎゅっと抱きしめてくれた。
「……ごはん、食べないんだって?」
だって、おいしくないもの。
「そんなに待たれてたら、帰ってこないわけにはいかないだろっ」
「おかえり、おかえり!」
出て行った朝にできなかった「お鼻にキス」を繰り返したら、そのコは何度も何度も、アタシをなでてくれた。
抱き上げられたまま、久しぶりにそのコの部屋に入って、大好きなおやつをもらって。
それから、ふたりで一緒にベッドで丸くなった。
「リリ、ただいま」
出会ったころより、ずいぶん低くなった声で名前を呼ばれて、目が覚めた。
今回はずいぶん長かったね。久しぶり。
「……やせちゃったね……」
横になったクッションから目だけ上げると、優しい手が頭をなでてくれる。
「母さん、リリは今日、ご飯食べた?」
「……一口も食べないの」
用意してもらってるのに、ごめんね。
最近は、なんだか食べる気がしないの。
だって、アタシはずいぶんオバアサンになっちゃったから。
「あなたの帰省までもたないかと思ったわ。間に合ってよかった。家出したあなたを呼び戻してくれたコだから、今回も待ってくれると思ったけど」
「ありがとう、リリ。待っていてくれて」
当り前じゃない。
ちゃんと伝えてないことがあるんだもの。
出会ったあの日からずっと、アタシは幸せだったよ、ありがとうって。
だけど、もう声が出ないなあ。
アタシの前足を包む手に、ぽつんと水滴が落ちてきた。
ああ、泣かないで。
よいしょって気力をふりしぼって起き上がると、アタシはそのコのほっぺたをざりっと舐めた。
「痛いよ、リリ」
泣き笑いするコの胸に頭を擦りつけると、まるで壊れやすい宝ものみたいに抱きしめてくれる。
「リリが待っていてくれるから、帰ってきたんだよ」
大きな手が喉元もくすぐってくるから、思わずノドがゴロゴロ鳴っちゃう。
「そっか、おかえり」
小さな声しか出なかったけど、ちゃんと聞こえたみたい。
「リリは声までカワイイね。リリのニャオは大好きだよ」
そんなふうに言われちゃったら、最後までずっと伝え続けなきゃね。
「幸多かれ。愛しいあなたに、幸多かれ」
ニャオ、ニャオ、ニャオ。
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