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バイバイ
夕日が落ちて、ずいぶん暗くなってきちゃった。こんなに遅くなるつもりはなかったのに。
最近、冷たくなっちゃった彼をちょっと心配させようと思ったんだけど、怒られてしまうかもしれない。
……怒ってくれるなら、まだいいのかな。
近頃は隣にいっても、声もかけてくれなくなっちゃったし。
今日だってお休みのはずなのに、起きたらもう、彼の姿は部屋にはなかった。
だから、当てつけのようにアタシも外に出たんだけど……。
全速力で走りながら角を曲がると、彼と一緒に住んでいるアパートが見えてきた。
部屋に灯りがついてる!
帰ってたんだ!きっと待っていてくれてる!
アタシは走るスピードを上げた。
「あんたの世話はもうしない」
そう告げた母親が姿を消したとき、彼がアタシを見つけてくれて、「一緒に暮らそう」って言ってくれた。「カワイイね。俺もひとりで寂しいから、うちにおいで」って。
その日から、彼がアタシの幸せだったのに。
アパートにたどりついたらゴミの日でもないのに、ゴミステーションには山盛りのビニール袋。
「だから、アパートの人は困るのよ」って、近所のオバサンがまた怒っちゃいそう。
アタシの彼はきっちりしてるから、こんなことはしないのに。
……あれ?
アタシのお気に入りの毛布?
ゴミ袋の中には、アタシの食器やクッションも詰め込まれている。
呆然とその場に立ち尽くしていたら、大きな男の人がふたりして、彼の部屋から冷蔵庫を運び出してきた。
「それ、どうするの?」
ひとりの男の人がちらりと私を見たけど、無言で立ち去っていく。
開けっ放しの玄関から部屋に入ろうとしたら、スーツを着た男の人が、アタシの目の前でバタン!とドアを閉めてしまった。
「開けて!帰ったよ!」
室内から彼の声はしてるのに。
開くことのないドアの前で、アタシは切れ切れに聞こえてくる彼の声に、ずっと耳を傾け続けていた。
どれだけ待ったかな。
「じゃあ、これで退去の手続きは終わりです」
さっきのスーツの人が、彼と連れ立って部屋から出てきた。
「ただいま!」
彼がカワイイって言ってくれた声で呼びかけたけど、アタシを見てくれることはなかった。
「……あれは、いいんですか?」
スーツの人の問いかけにも無言のまま、彼は自分の車に乗り込んでいく。
何が起きてるのか、さっぱりわからない。追いかけたくても足が動かない。
「一緒に連れていかないんですか?!」
さっき冷蔵庫を運んでいた男の人のひとりが、トラックの助手席から身を乗り出して怒鳴った。
「大きなお世話です」
「……可愛いコじゃないですか」
「プライベートに口出し、しないでください。仕事だけしてもらえればいいんで」
彼は乱暴に車のドアをバタン!と閉めて、大きな男の人も助手席に体を戻した。
二台の車のエンジン音がおなかに響いて、体が震える。
彼の車とトラックのテールランプが遠くなっていくのを、アタシは立ちすくんだまま見送った。
置いていかれちゃったんだ。
また、置いていかれちゃったんだ。
なんで連れてってもらえなかったんだろう。
帰りが遅くなったから?もう、アタシに飽きちゃった?
ここ最近は返事もしてくれなくて、目も合わなくて。
アタシは透明になっちゃったみたいだった。
でも、きっとまた「カワイイ」って言ってくれるって。なでてくれるって信じてた。
彼の機嫌が直ったら、きっと。
だけど、そんな日はこなかった。
どうしたらよかったの?どうすればいいの?
アタシはその場に座り込んで、ただなくことしかできなかった。
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