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あなたとの日々
「……どうして、ないてるの?」
びっくりした。こんな近くに、いつの間に?
目の前には、アタシの顔をのぞき込んでいる男の子がいる。
「彼が行っちゃったの!行くところがないの!」
このコに言ったって仕方ないけど、不安で、寂しくて。
誰かに訴えずにはいられなかった。
「捨てられちゃったの?」
ざくっと音を立てて、胸が切り裂かれた気がした。
置いていかれたんじゃない。捨てられたんだって、わかっちゃったから。
うつむいて細い声でないていたら、目の前に、にゅっと手が差し伸べられた。
「おいで」
いきなりなに言ってんの、このコは。
目を丸くして見上げたら、そのコはふわふわと笑った。
「カワイイね。おいでよ、大丈夫だから」
彼が言ってくれなくなった「カワイイ」を聞いたとたんに、彼が向けてくれなくなった笑顔を見たとたんに。
胸の奥がじんわりとあったかくなった。
彼とふたりでいれば、あったかかったのに。いつの間に、アタシはこんなに凍えていたんだろう。
「こっちだよ。ほら、ついてきて」
そのコはちょいちょい、と手招きして歩き出していく。
迷ったけど、行くあてなんかないから、ちょっと距離を置いてついて歩いた。
もしかして、何か裏がある?
アタシみたいなのを閉じ込めて、イジメるのが趣味ってヤツがいるから気をつけてって、前に彼が言ってたから、ちょっと怖い。
角を曲がって、坂をのぼって。
「ここだよ、僕のうち。どうぞ、入って」
大きな玄関ドアをそのコが開けると、日が暮れて真っ暗になっていた道路に、オレンジ色のあったかい光が溢れだしてきた。
悪者のすみかには見えないけど……。
いいのかな。本当に入っても大丈夫?
「ようこそ、僕のうちに。でも、最初にお風呂に入ろうね」
「失礼だなぁ。汚くなんかないよ!いっつもきれいにしてるもん」
文句を言ったけど、やっぱり最初にお風呂に入れられて、おいしいご飯を出してもらって、ふかふかの新しい毛布をもらって。
「カワイイ、カワイイ」ってなで回してくれるそのコが家族になってくれたから、それから毎日、アタシは幸せだった。
「いってらっしゃい」のキスをして、帰ってくる時間には、玄関でずっと待っていた。
机に向かっているときには横で見張りもしたし、寝るのも一緒。
しつこく手を出してきたときには、爪を立てちゃったこともあったけど、そんなときでも、そのコは笑うばかりだった。
優しくてあったかい毎日が積み重なっていって、捨てられた日の心細さや悲しみ、憤りは、いつしかアタシの中からきれいさっぱり、消えてなくなっていた。
置いていかれた日のことを忘れることはないけれど、そのコとの時間が待っていたのなら、それでもよかったって思えるほど、アタシは幸せだった。
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