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冬
それきり、彼女がもどってくることはなかった。
初めのうち、ぼくは軽く考えていた。
彼女はじきにまたもどってきて、ぼくがひとことあやまれば、また仲良くな
れるんじゃないか。
アルバイトから帰ってくると、また、部屋の明かりが灯って、ぼくを待っていてくれるんじゃないか、と。
でも、彼女がもどってくることはなかった。 アパートの部屋に、明かりが灯ることはもうない。
ぼくは後悔し、彼女を傷つけてしまったことへの罪悪感にさいなまれた。
でも、どうすればよかったというのか?
暴言を吐いたことは、もちろん言語道断だけど、行為のほうは、どうすればよかったのだろう?
ぼくたちは普通の恋人たちのようにキスすることはできない。ハグすることもできない。普通の恋人たちがやがてするように、肌を合わせ、ひとつになることはできない。
ならば、あの日、彼女がしようとしたことを、そのままさせておけばよかっ
たのか?
それは「愛しあう」ということではなくて、一方的に「性の処理をしてもらう」ということではないのか?
いくら考えても、答えは見つからない。
見つからないまま、ぼくは彼女の手をさがし続ける。
彼女と出会った、大学の図書館で。
彼女をバッグに入れて歩いた、大学の構内で。
あるいは、日暮れの商店街で。
大勢の人が行きかう交差点で。
探し続けていると、ときたま、ふっと彼女の手が見えたような気がすることもある。
よく見ると、それは普通の女性の身体に付属した、普通の手でしかなかった。
人が行きすぎる街角で、ぼくはほほに冷たいものを感じて、立ち止まる。
空をあおぐ。
空一面に、重い灰色の雲が垂れこめていて、今年初めての雪が落ちてくる。
〈了〉
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