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「あの……取りましょうか?」  見かねて、ぼくが声をかけると、手はぴくりとふるえた。  手、というか、手を所有している見えない本体が、そろりそろりと退却しようとする気配がある。  もしかすると、見つかってはマズかったのかもしれない。  ぼくはあわてて言い足す。 「あっ、大丈夫だよ。誰にも言わないから」  それでも、手は警戒している様子。  彼女を落ちつかせようと、先ほど手が取ろうとしていた本を、ぼくは本棚から抜きだした。江戸時代の衣装について解説した、少し重ための本だった。 「はい。これ、読むんでしょ?」  ぼくが本を差し出すと、手は指をもじもじと動かし、指先が宙をさまよう。 「どうぞ、遠慮なく」  重ねて勧めると、手は用心しながら近づいてきた。  そのとき、ぼくの頭のなかに、ふとひらめいたことがあった。それは、こんな手だけの存在が、在学しているわけがない、ということだった。  バカなぼくは、思ったことを、そのまま口に出してしまう。 「え? もしかして、君、ニセ学生?」  ただし、最後の「学生」の部分は、発声できなかった。  大あわて、という感じで、手がぼくの口をふさいでいたからだ。  女の子らしい、小さめの、やわらかい、そして冷たい手だった。ぼくの唇とほほに、ぴたりと当たっている。
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