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手の冷たい女の子は心が温かい、なんてざれごとを、高校のときに、女子にモテモテだった野郎が言っていたな。
そんなことを思いだすうちに、手はぼくの口からいったんはなれた。次に、人差し指を一本立てて、ぼくの唇を垂直に押さえてきた。
「シー」
と、ぼくはそれに合わせて発声する。
(そうそう)
とでも言うように、手の指が二度、三度、ぼくを指してから、はなれていった。
それから手は、ぼくがまだ持っている本の表紙に触れた。
「あっ、どうぞ」
読もうとしているのだと気づいて、本を百八十度ひっくり返し、彼女のほうへ向けた。
(ありがとう)
とでも言うように、手がおじぎをし、ページめくりをめくり始めた。絵が多く掲載された本で、手は、ほんのさらさらとななめ読みしているようだ。
ぼくは、手が次々とページをめくっていくのを見ながら、ずっと立って、本を持っていた。他人が本を読むのを見ているのは、少しもいやではなかった。
春の午後。
図書館のひと気のない片すみ。
静かに時間がすぎていく。
これが、ぼくと彼女との始まりだった。
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